不埒な専務はおねだーりん
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お兄ちゃんの退院が決まり復帰の日が近づいてくる中で、私はかねてから用意していた辞表を篤典さんに提出した。
「辞める?」
「はい。短い間でしたけれどお世話になりました」
反対されても強行するつもりで、既にデスクの中の私物はひとしきり片付けた。
片付けると言ってもまだひと月足らずしか勤務していなかったわけだから、ほとんど荷物はなかったけれど。
……あるのは数えきれない思い出だけだ。
「理由を教えてくれるかい?」
「私にはもっと小さくて身の丈に合った企業の方が合っているなと思いまして……」
篤典さんの顔が見る見るうちに青ざめていく。
遠回しにお別れがしたいと言っていることが伝わったらしい。
「お世話になりました」
お礼を言って深々とお辞儀をすると、執務室に悲痛な叫び声が響いた。
「待って、かずさ!!どうして……急に……!!」
「私と専務じゃ……やっぱりどうしたって釣り合いませんから」
……好きじゃなくなったなんて嘘でも言えない私を許してほしい。
篤典さんのおねだりをたくさんきいてあげたんだから、ちょっとぐらいわがまま言ってもいいでしょう?
「私がいなくなってもサボっちゃダメですからね」
最後の置き土産とお姉さんぶって篤典さんをたしなめる一方で、今にも零れ落ちそうな涙をこらえるのに必死だった。