不埒な専務はおねだーりん
「たった今、専務に辞表を出してきました」
「え!?」
頭を押さえたまま浜井さんは、鳩が豆鉄砲を食ったように目をぱちくりさせた。
「これで満足でしょう?」
そう言ってお兄ちゃんに力なく微笑むと、エレベーターまで早足で駆けていく。
……お兄ちゃんは結局、私の行動について何も言うことはなかった。
エレベーターに乗り込んで階下のボタンを押すと、力が抜けてグッタリと壁にもたれかかってしまった。
カゴがゆっくりと動き出し通過階を示すランプが、点滅を繰り返すたびに早く、早くと気が急いでいく。
早くこのビルから出ないといけない。
早くしないと未練がましく彼の分身とも言えるこのビルに、とどまっていたくなってしまう。
篤典さんが我が城と呼ぶこのビルは、おもちゃ箱のような驚きと意外性に溢れ、どこか懐かしいクラシカルな雰囲気を携え、来た人すべてを楽しませようとするサービス精神は彼の人柄そのものだった。
……籠の中の鳥にも旅立ちの時がやってきたのである。