最後の恋のお相手は
「田野さん、悪いんやけれど、五分ほど席を外してもらってもええか?」

「わかりました。この後、飲料協会の会合がありますので」

「わかってる。そんなに時間は取らへんから」

社長秘書と日向さんのやりとりを、口をポカンと開けてみつめた。話し方や内容を聞いて、とても彼氏、彼女の会話とは思えなかった。

モデルのようなスタイルの社長秘書の背中を見送ると、日向さんから「入って」と、軽く背中を押された。

日向さんが、春日園の社長!?

社長室のドアが閉まってから、私は初めてそのことに気がついた。

「社長とは知らずに、すみませんでした!」

深々と頭を下げる私に、日向さん……いや、日向社長は、ソファに座るように促した。

「そんなこと、気にせんでいい。それより、大事な話がある」

「話って……」

背中からひと筋の汗。目が合うと、日向社長が余裕の笑みを見せた。

「北方郁美を二百万円で買う……って話や」

そう言われた瞬間、背中の汗も凍りつきそうなくらいの、緊張感が走った。日向社長は最初から、社員食堂の女=キララちゃんと気づいていたんや。

「それには、本人の了解を得られんと。オレが犯罪者になってしまうやろ?」

「は、ははっ……そうですね」

「笑い事やあらへん」

笑ってごまかそうとする私に、日向社長が鋭い視線を向けた。笑顔を封印して、キュッと唇を閉めた。

「どうする? 嫌なら断ってや?」

「一回だけで……二百万円ももらえるんですか?」

そう質問をすると、日向社長が私をじっとみつめた。

「ほな、デート五回に増やしてもいい?」

デート五回で二百万円。一回のデートで四十万円ももらえる……ってこと?


< 15 / 51 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop