最後の恋のお相手は

日向社長が好きだったはずなのに、別れた後は、不思議と涙が出なかった。

もともと、付き合っていたわけでもない。どうしようもなく好きだったわけでもない。あの夜は、ちょっとした過ち。自分の中でそう割り切れていたのかもしれない。

月曜日、いつものように社員食堂の厨房で、慌ただしく時間を過ごしていた。

『働いてまだ数ヶ月やけれど、北方さんは社員食堂の顔やから。利用している社員からも評判がいいから、辞めるとか言わんといてや?』

本当は、辞めるつもりだった。でも、その前に日向社長から釘を刺されたのだった。

「いらっしゃいませ」

ランチタイムのピークを過ぎた頃。食券を受け取るときに、名刺を渡された。ハッとして、顔をあげる。そこそこのイケメンだけれど、遊び慣れていそうな男性だ。

「本当は、ランチより君が欲しい」

「あ……はぁ」

おまけにナルシストのようだ。返事に困り、苦笑いをした。

「名前、教えてよ?」

さっきから、日向社長を思い出させるようなセリフばかりで、作り笑いをするのに必死だ。

「彼氏は?」

……まいったなぁ。いないけれど、いないなんて言ったら、どんどんつけ込まれそう……。

「彼氏はオレや」

その声に、私も、私を口説こうとしていた男性もドキッとした。(男性は、ギクッとしているかもしれない)

「ひ、日向社長!」

「ははは。冗談、冗談! 調理補助のお姉ちゃん口説くのは、営業時間外にしてくれへんか?」

男性は青ざめて、引きつり笑いをしていた。

「ランチ、お待たせしました」

その隙に涼しい顔をして、ランチを差し出した。

「ほら、ランチできたで?」

日向社長のつっこみに笑いそうになりながら、ドンドンと胸を強く叩く鼓動を感じていた。

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