最後の恋のお相手は
「こう見えても、この人」

常連さんがなにかを言いかけたとき、彼が手で制した。

「それは言わんといてください」

笑顔でそう言った、彼。
なんやろ? 『それ』って……。

「日向さんがそう言いはるなら」

『日向さん』って名前なんや。意外なところから名前を知ることができた。

常連さんと私、そして日向さん。お酒を飲みながら、話が弾んだ。

「そういえば日向さん、野球好きなんやで。キララちゃん、野球観たいって言ってたやん? 連れて行ってもらったら?」

ひょんなことから高校野球の話になり、常連さんが突然、そんなことを言い出した。

「キララちゃん、生で野球、観たことないの?」

日向さんが私に質問をした。

日向さん、キララちゃん=社員食堂の女と気づいていないやんな? 社員食堂の女は、横浜ファンということになっている。キララちゃんとの差別化を図るためにも、ここは本当のことを言おう。

「はい」

腹をくくって返事をすると、白い歯を見せながらニヤリと笑った。

「ほな今度、連れて行ってあげる」

……マジ、ですか? 日向さん、気づいていないやんな? 背中にはひと筋の汗。

「はい! ありがとうございます」

大丈夫。きっと社交辞令や。常連さんの手前、そう言っただけで。

崩れそうになる笑顔を、なんとか保っていると、常連さんが席を外した。その背中を見送ると、日向さんが私の隣に移動した。


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