呼び名のない関係ですが。
「……そんなに聞きたい話じゃないだろうし。他人のどうのこうのなんて」
「特別聞きたい訳じゃないですけど、耳に入ってくれば聞きますよ」

この緊張を悟られたくなくてなけなしのプライドで涼しい顔を作っているのに、嫌なひとに成り下がった元恋人と同じ課の後輩は、日常的な雑談のように話を続けるつもりらしい。

「でも内容うんぬんよりも、主任が怒らないことに驚きましたけどね。なんでグーパンチのひとつも見舞ってやらなかったんですか」

爽やかな後輩は爽やかな顔のまま、物騒なことを口にする。

「だって、そんなの。……殴ったって痛いだけでしょ、あっちも私も」

殴ってやろうなんて考えてもいなかった。どうせ、ひとの心は縛れやしない。

それよりも、ひとと付き合うのには本向いていない私を実感していただけだ。

「けじめはつけるべきだと思ったから呼び出したんだけど。ひとの幸せに水を差す訳にもいかないから……他のひとがいたのは迂闊だったけどね」

向こうにしたら邪魔くさい感情だったのだろうけれど、そのくらいは付き合ってもらう義務はあるだろう。

高遠さんは吸いかけの煙草を携帯灰皿に押し込み、小さな声で何か呟いた。

それを聞き逃した私が彼のほうを向くと、彼の鋭い視線とぶつかった。

先ほどまでの優しい顔でもなければ、好奇心に溢れる視線でもなくて、意味もなく私の心臓はバクンッと跳ねる。

「へぇ、あー、なんだ。三峰主任って、意外と甘々なんですね」
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