臆病者で何が悪い!
その夜は、二人で喋り尽した。騒がしい居酒屋の中に完全に溶け込んでいた。お酒が美味しくて。生田と言い合ったりバカみたいなことを大真面目に話したり。生田がこんなにも喋る人だったなんて。その時間の全部、私は笑っていた。笑っていることに気付かないほどに、心から。こんなにも自然に笑ったことってあっただろうか。こんなにも居心地のいい空間ってあっただろうか。振り返って見ても、そんな時間、思い出せない。それほどまでに、生田と過ごした時間は楽しくて楽しくて仕方がなかった。
「内野の電車の方が終電早かったんだったな。悪かった気付かなくて」
「ううん。私も、すっかり時間のこと忘れちゃって」
日比谷駅に向かって、二人で猛ダッシュしている。あと10分で最終電車が発車してしまうのだ。アルコールが身体中を駆け巡り、走るほどにふらふらとする。
「おい、大丈夫か?」
「う、うん。ごめん。大丈夫」
つい定型文のように「大丈夫だ」と答えてしまうのが私の癖だけれど、本当はこれ以上走ると足がもつれそうだ。一体私たちは何時間飲んでいたんだ。
「ほら」
「え?」
生田から手が差し出される。
「手、貸して」
私の方へと伸ばされた生田の手に自分の手のひらを伸ばす。するとすぐに捉えられ、しっかりと握り締められた。
「急ごう」
「うん」
生田の手のひらが私の手を包み込む。男の人と手をつなぐの、大人になって初めてかもしれない。こうして自分より大きな手のひらを感じることで、私でも女なんだななんてことを思った。
夜の街を二人で走る。でも、もう転ぶ心配なんてしなくていい。
「間に合ったな……」
ギリギリ発車間際の電車に乗ることが出来た。二人で息を弾ませて向き合う。ゆっくりと走り出した車内で、ドアに身体を預けた。
「こんなに走ったのいつ以来だろ……」
「ホントに」
駅に着いた時に自然と離れた手のひらに、なぜか意識が向いてしまった。車内は、混雑しているわけではないけれど、ちょうど座席が埋まっているという状態だった。私たちは、そのままドア付近に立っていることにした。
「大丈夫か? 結構飲んだだろ? あんなに走って気持ち悪くない?」
昨日の車内より近くにいる生田を、急に意識してしまう。
「ううん。大丈夫。私、酔っても気持ち悪くなったりはしないから」
「そうか。なら、良かった」
心配してくれてるんだ。生田が無防備なほどに優しく見つめるから、私の方が照れてしまう。酔っているからなのかな。
そんな目で男の人に見られたこと、ない――。