臆病者で何が悪い!
私の住む駅に着き、二人で駅を出る。
あ――。一度離れて行ったはずの生田の手のひらが私の手を取る。生田は何も言わない。だから、私も何も言わずにいた。
だけど、その手のひらだけはきつく握られて、言葉を交わさなくても生田の心に触れているような気がする。
もう少し。もう少しでいいからこのままで――。
気付くと私はそう願っていた。
それでも駅からそう距離のない私のマンションには、あっという間に到着してしまう。マンションの前で、私たちはどちらともなく足を止めた。
「……今日は、遅くまで付き合わせて悪かった」
「う、ううん。私の方こそ、また家まで送らせちゃって。生田、大丈夫? もう終電ないでしょ?」
生田の家は、私の住むエリアからは決して近くはない。路線も違うし区も違う。
何も考えず同じ電車に乗ってしまったと、今頃になって気が付いた。
「ああ。大丈夫。その辺でタクシー拾うから」
「ごめんね。お金かかっちゃうね……って、あ、今日のお代、ゴメン気付かなくて」
この日の会計をしていないことに気付いた。最後は終電が迫っているということになって慌てて店を飛び出した。バッグの中から財布を出そうとして、気が付いた。
まだ、手を繋いだままだということ――。
財布を取るため繋がれた手を引こうとして、その反動のように強く握り締め返された。
「い、生田、お金――」
「いいよ。いらねーよ」
「でも、そういうわけには。私、この前のビアガーデンの時のお金も払ってない……」
握りしめられたままの手だけに意識が集中する。恥ずかしくて、生田の顔を見られない。
「――今日、楽しかった?」
「う、うん」
俯いたまま何度も頭を縦に振る。
「なら、良かった」
そう言うと、生田のどこか安心したような吐息混じりの声が耳に届く。
「今日は初めてのデートだろ? 俺の顔を立てておけ」
「でも――」
思わず見上げた先には、生田の優しげな、それでいてどことなく切なげな表情があった。
「そんなに気になるなら、今度はあんたがおごってよ。それならいいだろ?」
「う、うん……」
静けさが広がる夜更け。この日は月が大きくて明るく感じる。
「じゃあ……」
さっきはあんなにも喋りまくったのに、会話が途切れてしまった。なんとなく張り詰めた空気を感じて、息苦しさを感じた。
「気を付けて」
「……ああ」
すぐに離れて行くと思った手は、まだ私の手のひらの上にある。私の手のひらを、生田の指が包み込むように、確かめるように何度も握り締める。その触れられているという感触に、何かが迫りくる予感がして、思わずびくっと身構えてしまった。そうするとすぐに、生田の手のひらが離れて行った。
「生田――」
「じゃあ、おやすみ。また連絡する」
そう言った生田の表情は、ほんのわずか歪んで見えて胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
凄く、凄く楽しかった。一緒にいて、心の底から笑ったんだよ。
そう言えばよかった。生田の背中が路地の角を曲がって見えなくなった瞬間に、咄嗟にそう思った。