臆病者で何が悪い!
「ああ、僕?」
「はい、田崎さんに」
生田が手にしていたバインダーを田崎さんに差し向ける。
「これ、うちの係の方でまとめましたので、確認して問題なければ決裁に回してください」
「あ、ああ。そこ置いておいてくれればよかったのに。急ぎじゃないでしょ?」
「そうでしたね。すみませんでした。では、よろしくお願いします」
ほとんど棒読みだ。
「それより生田。生田も遠山の披露宴行くんだよね。僕も出席するからよろしくな」
「はあ」
そして、おそろしいほどに気のない返事。
「どなたか結婚なさるんですかぁ?」
突然飛び込んで来た声に私たち三人が振り返る。そこには、何か書類を手にした宮前さんがいた。
「そうなんだよ。内野さんと生田の同期が今月結婚するんです」
田崎さんが私たちの代わりに答えていた。
「へぇ、そうなんですか。じゃあ、生田さんも結婚式に行かれるんですね」
宮前さんのキラキラスマイルを、何故か直視できない。
そう言えば、宮前さん。生田のこと狙っているんだった……。
それで、この会話に食いついて来たわけだ。
「同期の方が結婚し始めると、結婚が身近になりますよね」
そう来たか。
「確かに。僕なんか先輩だからね。嫌でも意識するよね」
田崎さんがにこやかに答えるも、宮前さんはただ生田の表情のみに注目しているのが分かる。
「……」
それでも特に何も言葉を発しない生田に、何故だか私が気を回してしまう。
「女ならなおさら意識しちゃいますよねー。羨ましいなぁなんて思っちゃいます」
と、適当なことを言っておく。この辺でこの会話、やめてもらえないだろうか。
「内野さんでもそうなんですか? 内野さん、仕事いつもバリバリ頑張っているし、あんまり結婚願望とかないのかと。恋より仕事って感じじゃないですか」
「そんな風に、決めているわけでもないんですけど……」
そう決めてかかられると、少し傷つく。
「私は、仕事より、やっぱり外で働く旦那様を家庭で守りたいって思っちゃいます。いつでも旦那様を一番に考えたい。疲れて帰って来た旦那様を癒してあげたいなって」
さりげなく放り込まれた、アピールでしょうか……。
上手いなぁ。この役所には、そんな奥様が喉から手が出るほどほしい男がわんさかいる。
ツボをよく分かっていらっしゃる!
――って、賞賛している場合でもないのか。
でも、絶対的に私に足りないものを、目の前の女性は多く持ち合わせている。
彼女は、転勤ばかりのうちの役所の職員のサポートが出来る体勢にある。それは確かだ。それに比べて私は……激務だった生田をこれっぽっちも癒やそうとなんてしなかった。