臆病者で何が悪い!


「す、素敵です。宮前さんならきっと、素敵な奥さんになれますね」

自然と私はそう言った。本当に、そう思う。

「ほんとだな。なあ、生田もそう思うだろ?」

田崎さんが、生田に会話のボールを投げた。それに私は微かに身構える。

「”結婚相手”を探している男にとっては、願ったりかなったりでしょうね。ただ――」

その冷めきった目が、何故だか宮前さんではなく私に向けられた。

「好きになる場合はどうでしょう。相手の仕事とか、性格とか、そういう条件とか考えないですから。理屈じゃなく感情の問題なので」

じゃあ、その書類お願いします――。そう田崎さんに告げて、生田はさっさと自分の席に戻ってしまった。

「生田、どうしたんだろ? あんなに喋る奴だったっけ……」

田崎さんが唖然としている。

「かっこいいです。生田さんって、もっと合理的な人なんだって思ってました。でも、条件より感情だなんて、本当は情熱的な人だったんですね。そういう人、素敵だと思います」

え――?

なんだか、宮前さんの表情は何かに骨抜きにされたようなものになっている。でも、私も確かにドキッとした。

条件より、感情――。

外見や性格、仕事……そんなものとは関係なく人を好きになる。そう言われた気がして、勝手に胸の奥底が疼く。
それが、まるで、あの場で私を好きだと言っているみたいに聞こえた。
一体私は、いつからそんな図々しい人間になってしまったのだろう。生田が私みたいな人間を甘やかすからだ。優しくするから。反射的に、「やめてほしい」とそう願ってしまう。

生田に好きだと言われて。俺の女になれと言われて。付き合い始めたらすごく大事にしてくれて。鉄壁の防衛本能を引き裂こうとして来る。本当に好きになってもいいんだと、私をたぶらかす。

でも、もし、私がすべての防御壁を崩して、心をすべて許してしまったら。
もし、その先、苦しみが待っていたとしたら――。

その思いが、壁の前で私を立ち竦ませる。

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