臆病者で何が悪い!
「生田、待って!」
「だからっ」
生田が、やっと振り返ってくれた。でも、その表情は酷く歪んでいた。
「今日の俺はあんたの気持ちを考えてやれない。だから、一緒にいたくないんだ」
生田の目が訴えるように強く見つめる。射抜くような鋭い眼差しなのに、苦しそうだった。
「身体だけ手に入れても意味はないと思って来た。この付き合いは俺が強引に始めたようなものだ。だから、心が俺に向くまでいつまでだって待とうと思っていた」
そう言うと生田が私から目を逸らした。だからか、向き合っているのに生田を遠くに感じる。何かを堪えているように、生田の身体全体で私を遠ざけようとしているのが分かる。
「でも、今日は。あんたといたら、無理矢理連れ帰って、あんたの心なんて無視して俺のものにしてしまう。傷付けると分かっていても、もう身体だけでも俺のものにしてしまいたいって。抑えられずに俺は――」
「生田!」
「――だから、今日は俺を一人にしてくれ。俺に、あんたとの約束、破らせないでくれ……っ」
約束――。
『絶対に傷付けたりしない』
生田が私に言ってくれた言葉――。
気付けば私は、生田の胸にしがみついていた。
「傷付かないよ。傷付いたりしない!」
心が痛くて痛くて仕方がない。こんなに痛いのに、どうして私は認めようとしなかったのだろう。この人を想うとこんなにも胸が苦しいのに、どうしてその痛みと苦しみの意味を考えなかったのだろう。
「私が、生田と一緒にいたいんだから」
必死にその胸をきつく抱きしめる。
怖いーー。
でも、その怖さは、生田を失うことだ。
「……俺の言ったこと、聞いてた? 自分が何言ってるか、分かってんの?」
生田の声が少し掠れていた。
「ちゃんと分かってるよ」
生田に分からせるために、さらにきつく背中に手を回す。無言のままの生田の、ただその胸の鼓動だけを聞いていた。