臆病者で何が悪い!
腹の中で何かが煮えくり返るような、苛立ちが込み上げる。
「――ああ、でも」
目の前の勝ち誇ったような表情が、俺を見下ろしていた。
「もしかして、今ではもう恋人にできたのかな?」
この人は何もかも分かった上だ。
これまでの沙都への言動も、この飲み会の企画も――。この男の目的は全部俺だったのだ。
「最近、内野さん見違えるほど綺麗になったよね。女って感じになった。毎日隣に座っているとおかしな気を起こしそうだ。逃した魚は大きかったかな――」
「黙れ」
分かっている。どれも全部俺への挑発なのだと。
それでも、感情を抑えることが出来なかった。
沙都のことが蘇るからだ。
そして、俺自身が苦しんだ葛藤も。
田崎さんのことを密かに想っていたあいつも、それを見ていなければなかった自分も――。
確かに、沙都は田崎さんのことが好きだった。俺じゃなくて、この人を――。
「そうそう、その顔。いい顔だね」
「……あなたには飯塚がいるでしょう」
かろうじて声を荒らげずにいる。ぐっと拳を作り自分を抑えた。
これまで、何かに対してこんなにも深い怒りを感じたことはない。
「ああ、それで思い出した。おまえ、希に『用もないのにここに来るな』って怒ったことあったんだってな。あれ、僕のことを好きな内野さんのためだったんだろう? おまえらしからぬ健気さだね――」
「他に話しがなければ、そろそろ解放してもらってもいいですか? これから会議なので」
これ以上この人と話していたら、この人の思うつぼだ。相手のペースに飲み込まれる義理はない。
「――やっと彼女を手に入れたなら、まあ、誰かに取られないようにせいぜい頑張れよ」
そう言うと、その足音が俺から遠ざかっていく。
「ああ、最後に一つだけ。さっきの飲み会の話ですが」
その背中に向かって声を掛けると、田崎さんがこちらに振り向いた。
「丁重にお断りします。俺も行きませんし、内野も行かせませんので」
「……まあ、今回はそれでいいよ。おまえの怒りに満ちた顔も見れたし? まだまだ楽しめそうだし。じゃあ、仕事中邪魔したな」
邪魔どころの話じゃねーよ……。
会議室からその姿がなくなった途端、無意識のうちに大きく息を吐いていた。
あの人、一体なんなんだ?
どうして、そこまで俺に……。
それと、あの恐ろしいほどの察知能力。
「野生動物かよ……」
冷静になりたくて敢えて口に出してみるも。この先のことを考えると、思わず頭を抱える。
この胸の中に燻る苦々しい感情を落ち着けるべく、もう一度息を吐いた。
それでも、どうしても完全には消えてはくれない。