臆病者で何が悪い!
「……内野さん、凄いですね。いつも男前で。何を言われても笑い取ったりして。尊敬します。私、あんなこと言われ慣れてないから絶対傷ついちゃいます。それに男性の前で、あそこまで女捨てられない」
意識が別のところに行っていたから、宮前さんのことはすっかり忘れていた。
――言われ慣れてないから。
そうだろうよ。
「私、あと一年半で契約期間が終わるんです」
「そうなんですか」
田崎が俺の方をちらりと見て来た。あの目は、間違いなく喧嘩をうっている。
「もっと、この職場にいられたらいいのに……」
何故か突然距離を詰めて来た宮前さんに、俺はそれと同じ距離だけ座る位置をずらした。
「あの……。生田さんって、どんなタイプの女性がお好きなんですか?」
「は……?」
突然、何の話になったんだ。それに、その目はなんだ。
俺は本能的に感じる危険に、更に身を引いた。
「この前、条件より感情だって言っていたでしょう? 私、あれに凄く感動しちゃって。今、そういう男性って少ないと思うから。だから、生田さんはどういう女性に感情を動かされるのかなって……」
上目使いで見上げて来る。
少なくとも、あなたには動かされません――。
と言いそうになって慌てて口を噤む。そして、改めて言葉を発した。
「そうですね。俺がいいと思う人は普通の男がいいと思うタイプと違うみたいで」
「え……?」
目の前の宮前さんが、意味が分からないという風な表情をしている。
「つまり、普通の男がいいって言わない人です。そこに俺だけが分かる良さを見出したいタイプなので」
「はぁ……」
どこか落ち込んだような表情をしている宮前さんに、にっこりと微笑んだ。
「例えば、つい人前で女を捨ててしまうような女性とか」
『普通の男がいいって言わない人』と言われて落ち込むような女は、まず好きにならねーよ。
心の中で悪態をつき、沙都の姿を探した。
広間内にはその姿が見えなくて、隣に座る宮前さんに「ちょっと失礼」と声を掛けて廊下へと出た。そうしたら、トイレにでも行っていたのか向こうから歩いて来る沙都が視界に入った。
「内野」
「あ、ああ、生田」
俺が駆け寄ると、何故か沙都は俺から目を逸らした。
「少しは、自分の料理を食べろよ。さっきは、俺、何もしてやれなくて悪かったな」
人の視線から遮るように、廊下の角へと沙都を促す。
「ううん。田崎さんが上手いこと私を逃がしてくれたし。それに、上司の酔った席での言動なんて本当になんとも思ってないの。そんなのに傷つくのはもう何年も前に卒業したよ!」
沙都が大袈裟に腕を振り上げた。
田崎、田崎、田崎……。
「そりゃあ、オジサマたちだって、こういう席でくらいかわい子ちゃんに話してもらいたいでしょう? その気持ちも分からなくはないしね」
「バカ。おまえらはキャバ嬢じゃねーんだ。そんなことまで理解してやらなくていい」
俺はあっけらかんと笑う沙都に溜息をついた。
「それより……」
「ん?」
笑っていたと思っていた沙都の表情が、少し翳る。それを不思議に思って顔を覗き込んだ。
「ううん。何でもないよ。じゃあ、もう戻らないと」
「あ、ああ」
沙都は角から廊下へと立ち去って行った。
一体、何を言おうとしたのだろう――。