臆病者で何が悪い!

鬱陶しい飲み会もやっとお開きになった。

「二次会、行く人ー」

鬱陶しい上司たちを丁重にお見送りした後、若手たちが集まり始めた。
俺はすぐさま沙都の姿を探す。

あいつは、どうするつもりだろうか――。

恋人である前に同期だ。
別に会話をしていても不思議なことじゃない。
そう思い、俺は沙都を探した。

「生田さん、二次会行かれますか?」

すがるような目で見て来る宮前さんが、俺の前に立ちはだかる。

「いえ――」

その時ちょうど、俺と宮前さんの正面に沙都の姿があらわれた。

「沙――内野」

沙都と言おうとして慌てて内野と言い換えた。

「内野さん……、なにか?」

宮前さんも沙都に気付き、沙都の方へと視線を移す。

「あ、いえ。何でもないの。ごめんなさい、お話中だったよね。すみませんっ」

「内野っ」

なんだーー?

さっきまであんなに笑っていたくせに、今俺に見せた顔はどこか泣きそうな顔をしていた。

「内野さん、どうかしたんですかね――」

「すみません。今日は失礼します。お疲れ様でした」

「え? 生田さん? ちょっと――」

珍しくさっさと帰ろうとするなんて。
やっぱり、さっきの上司たちの振る舞いに落ち込んだのだろうか。

夜の雑踏の中に消えそうになるその背中を、捕まえた。

「沙都、どうした?」

「生田……」

振り返った沙都は、酷く無防備な顔をしていた。

「生田も、帰るの?」

それなのに、沙都は一瞬にしていつもの表情に戻る。

「ああ。おまえが帰るなら俺も帰るよ」

「うん」

そう言って笑顔を見せると、俺の隣で歩き出した。

「今日、疲れたのか?」

「別に、普通だよ」

隣を歩く沙都に目をやる。小さな頭が見えた。

「そっか」

「うん」

でも、そう言ったきり、沙都は何も言わなくなった。

「なあ、沙都――」

地下鉄の駅が目の前に迫ったところで、俺が声を掛けようとすると沙都が見上げて来た。その目は笑ってなんかいなくて、悲壮感に満ちたものだった。

「今日、うちに来ない?」

「え……?」

「……来て、ほしい」

俯いた沙都が、弱々しい声で言葉を零し、俺の腕を少し掴んだ。
沙都がそんな風に何かをお願いして来たのは初めてのことだ。

「沙都」

「お願いっ」

どこか切迫感のあるその声を聞いて、俺は沙都の手のひらを握りしめる。

「そんなお願いされて、俺が断ると思う?」

そう言ってニッと笑うと、沙都はやっとその表情を崩してくれた。

指と指の間に俺の指を絡ませてびったりと手を繋ぐ。

「あっ! でも、生田、スーツ……」

どれだけ必死にお願いしていたんだか……。

そんなことを、今更思い出したようにその表情をハッとさせた。

「いいよ。どうせ、仕事も明日で終わりだし。同じスーツで行ったって構やしないさ」

「でもっ」

困ったようにあたふたとする沙都が可愛くて仕方がない。
感情が先走って言ってしまった自分に、困っているのかな。

「たまには同じスーツで出勤するのもいいだろ? 『あいつ、朝帰り? やるな』なんて思われんのかな」

「ばか」

沙都が呆れたように笑う。

「……そんなことしなくたって、生田はいい男だってみんな思ってるし……」

「ん?」

ぼそぼとと呟くように喋るから、沙都の口元に耳を近付ける。

「なんでもないです!」

「いきなり大きな声を出すな」

いつもの元気が出て来た沙都にホッとする。
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