臆病者で何が悪い!
バカ。
バカ、バカ!
ねえ、分かっていたよね? 私が、恋とか、そういのの対象にならないことは。
そんな自分が恋なんかしてしまったこと。それだけならまだしも、”もしや高梨も……”なんてほんのわずかでも思ってしまったこと。
それが何より許せなかった。
ばかじゃないの? あんたのせいで、こんなに胸が痛い。
私は私を責めた。
教室に呆然と動けないままでいたせいで、沙那が教室に戻って来てしまった。
どれだけの時間をここにいたのだろう。既に教室内は薄暗くなっている。
「ごめんね? 沙都、待っててくれたんだね」
「あ、う、うん」
待っていた、のかな。
「私、高梨に付き合おうって言われて……」
恥ずかしそうに、でも嬉しさをどうしたって隠し切れないのかその表情は緩みまくっていた。
「沙那、高梨のこと好きだったの?」
「え? う、うん。なんとなく恥ずかしくて誰にも言えなかったけど」
そうだったんだ。沙那も、彼のこと好きだったんだ。私だって沙那に何も言っていなかったんだからおあいこだ。
「なら、良かったね。両想い、おめでと」
チクチクチクチク……。延々に続いて行きそうな胸を突き刺す痛み。
「ありがと……。そうやって沙都に言われると、なんだか実感が湧いて来る」
大袈裟なほどに笑わなきゃ。私の顔はただでさえ怒っているように見えるんだった。友人として祝福しているように見えるには、満面の笑みでも作らないと伝わらない。
「二人が付き合うんなら、もう皆で遊ぶとか出来ないね」
「ううん。そんなことないよ。私はみんなで遊びたいし」
「そんなこと言ったら高梨ががっかりしちゃうよ。沙那を独り占めできないって」
「そ、そかな……」
「そうだよ」
笑えているかな。
とにかく大きな声で沙那を冷やかして、その声で胸の奥の痛みを掻き消したい。
「あ、あの――」
「うん?」
沙那が申し訳なさそうに私を見上げて来た。
「実は、これから高梨と一緒に帰ることになって。ごめんね、沙都。せっかく待っててくれたのに」
「い、いいの。いいの。そりゃあ、付き合い始める日だもんね。早く行きな。高梨待ってる」
痛い。イタイ。
「ごめんね。じゃあ、また明日!」
何度もこちらを振り返りながら沙那は教室を出て行った。その背中を見送った後、貼り付けた笑顔のまま固まっていた。
でも、すぐに振っていた手もくたりと落ちる。
”何対しても丁寧な奴だ”
”一番に報告するならお前かなって”
それは全部、友人として言ってくれたこと。高梨は私のことを本当に友人だと思ってくれている。人けのない教室でクッキーをくれたのは、沙那に誤解されないためだ。ただそれだけのこと。
それを忘れて勝手に恋をして勝手に舞い上がって。忘れたのなら、また思い出せばいい。
「ただそれだけのこと。それだけのことじゃん」
声に出して自分に分からせる。
不意に流れた涙が、ぽとりと教室の床に落ちる。でも、それもすぐに消えた。大事に取ってあったクッキーは、もう既に硬くなっていて食べられる代物じゃなかった。
そのクッキーと同じように私の心も間違いを犯さないように硬く閉ざした。