臆病者で何が悪い!
7. 募る"好き"の気持ち


最初は、ただただ嬉しかった。だって、付き合っている人に実家に遊びに来るかと言われたのだ。好きな人からそう言われて嬉しくない女はいないと思う。

だけど――。いざ、その日が近付いて来ると嬉しさよりも緊張の方が増して来た。生田のお母さんに、もし気に入られなかったら。それは今後、かなりの致命傷になる。何も考えずに『行く!』なんて言わなきゃよかった。

どう考えたって子供の頃から生田は優秀な子どもだったはずだ。東大からキャリア官僚なんて息子がいるご両親は、さぞかしご立派に違いない。

それに――。弟が弟ならお姉さんもお姉さんみたいだし。家族自ら『美人だ』なんて言えるということは、超絶美人だってことだろう。

「おい」

私、大丈夫か――?

「おいって」

私は、なんて浅はかな判断をしてしまったのだ!

「沙都っ!」

「は、はいっ」

隣の席から突然声が聞こえる。

「また、おまえは意識がどこかに行ってただろ……。さっきから百面相で、どうした?」

「あ、ああ……。いろいろ、今頃になって心配になって」

足を組んで怪訝な表情をしながら生田が私を見ていた。

「心配? 何が」

「何がって、そんなの決まってるじゃないですか。眞さんの家族に初めて会うんですよ? 私じゃダメだみたいなことになったらどうするんですか。眞さんは心配にならないんですか?」

そんな涼しい顔しちゃってさ。ホント、他人事なんだから。

「心配になるわけないだろ。おまえのどこに問題が?」

「……」

そんな真顔で。何も言えなくなるではないか。

「『沙都さんでは、うちの眞さんには不釣合いじゃないかしら』とか。それから、超美形家族を前にして、私では霞んで見えなくなってしまうんじゃないかとか……」

「アホか」

生田が呆れたように私を見る。

浜松へと向かう新幹線が、少しずつ少しずつ目的地へと近付いて行く。

「今日の服だって、一日かけて選んだものだよな? 準備万端だろ」


そうなのだ。
生田をまる一日デパートの婦人服売り場に連れまわした。
それでも決められなかった私に痺れを切らした生田が、独断で決めてしまったワンピース。


「そうなんですけれども。第一印象が大事だって言うじゃないですか。眞さんはご自分のご家族だからそんなふうに呑気にしていられるんですよ」

「――って言うかさ、さっきからなんなの、その喋り方」


生田が呆れたように私を見る。


「今から練習しておこうと思いまして。慣れておかないとぼろが出てしまいます」

「頼むから、やめてくれる?」

ダメか。
私はふざけているわけじゃなくて大真面目なんだけど。
好きであればあるほど、緊張するものだと思う。大切な人だからこそ少しでも気に入られたいと思うじゃない。車窓を眺めながら、心の中で呟く。澄んだ青空に富士山が現れ、そして消えた。

富士山は、私を歓迎してくれる――?

「別にそんな堅苦しく考えなくていい。今日は遊びに来ただけなんだ。分かった?」

いよいよ私の表情が悲壮感に満ちていたのだろうか。生田が同情するように私を見つめている。

「いつもの沙都で十分だ。職場でのおまえは感じがいいし、上司たちだってなんだかんだ言っておまえのこと認めてる」

「うん」

「――それに。勝手にどんな想像を膨らませているのか知らないけど、俺の親、そんな緊張しなきゃいけないような人間たちではないから」

浜松駅に降り立った私に、生田はまるで親が小さい子供を諭すように優しく言う。

「じゃあ、行こうか」

頑張ろう。そうだ、一生懸命頑張ればいいだけだ。頑張ることなら私にも出来る気力を奮い立たせ、歩き出した。
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