臆病者で何が悪い!
「――はじめまして。眞の姉の椿です。よろしくね」
さっきの、生田や家族に向けられた声とは違う。それこそ別人格が現れたかのような優しくて艶やかな声。
「は、はいっ……」
勢いよく頭を振り上げた先に、それはそれは、この世のものとは思えない麗しい人が立っていた。
女神? 女王様? ミス日本?
同じ女なのに、私はだらしなく口を開けたまま見惚れてしまった。さっきまでのお姉さまの言動はきっと幻聴だったんだ。だって、目の前のお姉さまは、女神さまのように慈悲的な笑顔を私に向けてくれている。高貴さと神秘さを湛えたような、光を与えてくださるような微笑み。陶器のような透き通る白い肌に、宝石のように輝く黒い瞳。
カラーリングなんて必要なしな、漆黒の艶やかなストレートの長い髪。鼻なんて、人間としての最高傑作じゃないかというくらいの形。
唇は、もう、もう、もう……。
吸い寄せられるように色っぽい。自分が女であることを忘れて、もう今すぐ吸いつきたくなる。
モデル体型でありながら、出るとこ出てて引っ込むとこ引っ込んでいるあくまで女性らしい身体つき。
すらりとした立ち姿は、瞬間凍結して観賞用として置いておきたいくらい。
匂いまでいい。なんだ、この匂い。
――やばいよ。一般人じゃないよ!
こんな人、四六時中見ていたら、そりゃあ、ちょっとやそっとの美人見たって何とも思わないだろうよ!
心も魂も奪われていた。
「よ、よろしくお願いしますっ」
もう私なんて虫けらだ。
「おい」
私が魂抜かれて意識を遠のかせていると、現実に引き戻すような生田の声がした。
「今更、そんな笑顔と声出したところで手遅れだろ。家に入って来るなり、散々素を出してたんだから」
溜息混じりの生田の言葉に、すぐさま強烈な声が飛んで来た。
「ああ? 人がリセットしてやり直してんのに、余計なこと言うんじゃないよ」
「リセットって、勝手にリセットできることにしてんな。いくら外で仮面かぶっても、あんたは家の中じゃ無理なんだよ。沙都は赤の他人じゃないんだし、取り繕うのは無理だ。正体晒すのも時間の問題。それに、俺がもういろいろ説明してある」
「い、生田っ。私ももうリセット出来てるから……っ」
睨み合う二人の間で右往左往する。
「いろいろ説明? 人並みに恋愛するようになったからって調子にのってんじゃないよ」
「ほら。もう、素じゃねーか」
あわあわあわ。
「もう、いいから。椿も席に着いて、みんなで楽しく宴会しましょうよー!」
ダイニングの方から朗らかなお母さまの声が届く。