臆病者で何が悪い!
夏だ、海だ、山だ、と世間は騒いでいる。私と言えば、低め安定の毎日。今日も、地下鉄に揺られて出勤していた。
8月下旬に休みを入れたことから、周囲の人が次々に夏季休暇に入って行くのを見ている。その分、みんなが休みを終えた頃に自分がお休みに入るわけだから、なんとなく優越感も感じられるだろうけど。
「どうしよう……」
私の向かい側に座る先輩、結城さんが小さな声で唸っているのが耳に届いた。本立ての隙間から先輩の様子をうかがう。何やら頭を抱えているようだった。
「どうしたんですか?」
「今、私、声に出しちゃってた?」
「はい、ばっちり」
結城さんが大きく溜息を吐いた後、私の方に顔を寄せた。
「仕事が終わらない」
「何か、急ぎですか?」
結城さんは私の隣の係の職員だ。そちらの係の状況は詳しくは分からない。
「私、明日から休暇に入るでしょ? だから、作らなきゃいけない資料昨日のうちに作って係長に出しておいたんだけど。さっき、大ポカしてるの指摘されて戻って来た……」
そこまで言うと、またも結城さんは溜息をつく。
「修正、休み明けじゃだめなんですか?」
「私の休暇中に必要なものだから、前もって作っておいたのに。ホント、馬鹿みたいなミスな上に大きなミス。さっきから急いで直してるんだけど、今日中に終わる見通しが立たない」
項垂れるように、今度は机に突っ伏している。
「係長に修正頼むわけにも行かないし――」
結城さんと同じ係のもう一人の係員は、今まさに休暇中だ。
「休みくらい返上してやってもいいんだけど、実は明日から海外でさ……」
「それは、キャンセルできませんよ」
デスクの真ん中でコソコソ喋る女子二人、結構怪しいかもしれない。でも、周囲も忙しいようでそんな私たちを気に留めている様子もなかった。
「――まあ、しょうがない。自分のミスだし。今日泊まり込んで、明日始発で帰る。それなら飛行機に間に合うし」
「えっ?」
「声が大きい」
つい大きな声を上げてしまって、結城さんにたしなめられる。
「すみません。でも、せっかくの旅行、行く前から疲れ切ってるんじゃもったいないです。私、どうせ早く帰宅しても特に予定もないんで、私でも出来る仕事ならやっておきますよ」
「え? でも、それじゃあ悪いよ」
「いいんですって。私の休暇はまだ先ですし。問題ないです。それより、早く仕事教えてください」
結城さんの言葉を待たずして、席を立ちそそくさと結城さんの席へと行く。
「本当にいいの?」
「いいですよ。大したことじゃないです」
バカみたいなミスだとさっき結城さんが言っていたから、そんなに判断を要するような難しいものじゃないんだろう。きっと量が多くて困っているのだ。
「助かる。この借りはいつか必ず返すから」
「はい、私が何かしでかした時はよろしくお願いします」
すぐに結城さんから資料の説明を受けた。