臆病者で何が悪い!

(ん?)

「本当にごめんなさい」

(バカ。分かってるって。おまえが放っておけるわけもないだろうしな。明日は会えるんだろ?)

「うん」

(明日、待ってる)

「うん」

その電話が切れても、すぐにはスマホを耳から離せなかった。

「沙都、もしかして今日、生田君と約束あった?」

部屋から希の申し訳なさそうな声がする。

「大丈夫だよ。明日会えるし。希はそんなこと気にしないで」

慌てて希に笑顔を向ける。傷付いている希にこれ以上気なんか使わせたくない。

「でも……」

「いいんだって。今日は、うちにいてよ。その方が私が安心するんだから」

そう強く言うと、やっと希は頷いてくれた。

その夜、弱り切った希は、泣き疲れて寝入るように眠りに落ちた。
私は、どうしても眠れなくて、ただその希の顔を見ていた。希が眠りについたのはもう朝と呼べる時間帯で。早朝と言うにも遅い。それなのに9時過ぎにはもう起き上がってしまった。

「もうちょっと寝ていていんだよ」

私がそう言っても、「これ以上迷惑かけられない」の一点張りで希は帰り支度を始めた。

「じゃあ、ちゃんと田崎さんに連絡しようよ。これから会えばいい。その時間までうちにいたっていいんだよ?」

希の歪んだ微笑みを見れば、つい必死に引き留めてしまう。どうしても一人にするのが心苦しくて。

「沙都。大丈夫。ちゃんと田崎さんとは会うよ。でも、服も昨日のままだし、これじゃちょっとね。ちゃんと綺麗にしてから会いに行きたいし」

そう言って無理に笑う希に、もう何も言えなくなる。

「――それに」

考え込む私の肩に希が手を置いた。

「生田君、待ってるんじゃない? 昨日ちょっと会話聞こえちゃった。彼より女友達を優先するなんて沙都らしいけど、でももっと沙都はズルくなったんていいんだよ。大切な人は大切にしないと」

「希……。私にとっては、希だって大切な人だよ」

辛い時には私もいる。それを分かってほしかった。

「その気持ちだけで十分。分かってるから」

そう言って、結局希は起きて間もなくして帰って行った。

時計を見れば、ちょうど10時を回ろうとしてた。すぐに生田に連絡をする。電話をかけると、生田は少し何かを気にしながら話始めた。

「今、希が帰ったところなの。だから、私はいつでも会えるよ」

(そうか。俺、今職場なんだ。午前中に仕事片付けておこうと思って。だから、俺がおまえのマンションに行くよ)

だから声を抑えていたのか。

「ううん、大丈夫。私が生田のマンションに行って待ってる。何かお昼作っておくよ」

うちよりも生田のマンションの方が職場に近い。その方が、生田にとってもいいだろうと思った。そして、何より私が生田の家で待っていたい。

(でも、わざわざ出てくるの面倒だろ?)

「いいって。私がそうしたいから」

合鍵を使いたい、というのも理由にある。

(……ん、分かったよ。じゃあ、なるべく早く帰る)

「うん、じゃあ、後でね」

電話を切って、ふっと息を吐く。希、大丈夫かな――。ちゃんと、今日は田崎さんと話せるといいけど。傷つくのが怖くて、事実と向き合う勇気がもてなくて、つい逃げ腰になることがある。大人ならきっと、なおさら。
私だって、人のことなんて言える立場になくて。いつまでたっても怖い。だから、希の気持ちもよくわかる。だからこそ、田崎さんにもきちんと希を見てもらいたい。そんなことを考えながら、出掛ける支度をし始めた。

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