臆病者で何が悪い!
久しぶりに2人きりで会えるのだ。少しは女らしい恰好をしようかな……。そう思って、クローゼットからいつものようにジーンズを手に取ろうとして止める。端の方に追いやられているスカートに手を伸ばした。やっぱり、たまには女らしいなって思ってもらいたいよね。部屋の中でも過ごしやすいロングスカートに、ゆったりとした厚手のニットを合わせた。料理をするためのエプロンと、泊まれるように化粧ポーチを鞄に入れ、靴を履こうとしたところだった。
――ピンポン。
インターホンが鳴る。何か宅急便でも届くことになっていたっけ。
不思議に思いながらインターホンに答える。
「田崎です」
え――?
思いもよらない人の声に、言葉に詰まった。この日、田崎さんからの連絡はなかった。
どうして、今頃?
おそるおそるドアを開けると、やはりそこには田崎さんの姿があった。
「どうしたんですか……? 希ならもう帰りました。これから田崎さんに連絡するって言っていたんですけど」
「そうだったんだ」
「どうして、迎えに来るなら来るで、希に連絡してくれなかったんですか?」
どうしてだか勝手に怒りが込み上げる。気付けば、その口調は少しきついものになっていた。
「そうだね……」
私から不意に目を逸らす。真冬の朝は、空気が冷たくて。開いたままのドアから冷気がさしこんで来る。
「今からでもすぐ連絡してください。希に会いに行ってください」
「……」
田崎さんは俯き、何も答えない。
「どうして、何も言わないんですか? 田崎さん、おかしいですよ。もっとちゃんと希を見て――」
「君は」
悔しくて感情的になる私を、田崎さんが鋭い視線で見つめ返した。
「内野さんは、そんなんだから、一番大切なものを傷付けることになるんだろうね。まあ、それは僕にとっては好都合だけど」
「何、言ってるんですか……?」
何を言ってもその心に届かないような気がして、はがゆくて虚しさを覚える。
「――希のことは分かった。ちゃんと話をするから安心して。でも、これだけは言わせて」
そう言うと、有無を言わさぬような威圧感で私の部屋の玄関に足を踏み入れた。それと同時にドアがバタンと閉じる。そうして向き合った田崎さんの表情からは、いつもの穏やかさは消え去っていた。
「はっきり内野さんに言っておく。僕は、希に対して気持ちは残ってない」
「……は?」
この人は、一体何を言ってるの――?
「そんなこと私に言う必要なんかないです」
「あるよ。僕は君のことを、ただの同僚としてなんか見ていないから。ここに来たのも、最初から内野さんに会うのが目的だった」
「やめてください! 冗談でもそんなこと二度と言わないで!」
初めて田崎さんに声を荒げた。いつも穏やかに接してくれて。疲れた時や仕事で苦労している時に、さりげなく助けてくれて。今の課で働くようになってからいつも励まされて来た。それなのに――。
「帰ってください!」
希は私の親友だ。それなのに、こんな仕打ちをするなんて。
「……分かった。帰るよ。でも、この気持ちをなかったことにするつもりはないから」
玄関から影が消えて、バタンと扉が閉まった。身体がからふっと力が抜けるように、その場に座り込んだ。