臆病者で何が悪い!
「昨日も言った通り、田崎は俺のことが気に入らないみたいで。それでもし、おまえを何か困らせるようなことが起きたら、隠さずに俺にすぐ言って? それ以外のことでも、なんでもだ」
田崎さんへの気持ち、とか……。
「俺は、おまえには絶対辛い思いはさせたくないんだ」
「大丈夫だよ。そんなに心配しないで。私はそんなに弱くない」
沙都が微笑む。
心配しないで――とは言われたが。
やっぱり、案の定、俺が想像していた通りのことがあったのだと確信した。
月曜日に出勤してすぐに分かったことだ。
これまで和やかな雰囲気しかなかった沙都の係には、異様な空気が漂っていた。
正確には、田崎と沙都の間にある空気がだ。
背中合わせだった席と違い、係長になってからの俺の席からは二人の並んだ背中が良く見える。
分かりやすいほどに沙都が緊張していた。
見えない張り詰めた糸がありありと分かる。
やはり、田崎が沙都に想いを告げるようなことをしたのだ。
明らかに以前とは違う二人の纏う空気が、俺の神経を刺激する。
「内野さん」
「は、はい……」
「これ、決裁おりたからファイリングして」
「分かりました」
仕事上のやり取りにも関わらず、沙都はまったく田崎の顔を見ようとしなかった。その上、いつもよりずっと硬い声。
そんなに分かりやすい態度を取るくらいなら、どうして俺に全部正直に話してくれなかったんだ。
こうやって知らされることがどれほど、精神的にきついのか。
沙都は、何も分かっていない。
思わず額に手を当てる。
自分の付き合っている女が他の男に好きだと言い寄られているのを、こうして黙って見ていなければならなくて。ましてやその男はかつて好きだった男で。
これで、平常心でいられる男っているのか?
席を立った田崎と目が合う。
俺にしかわからない、少し口角を上げた嫌味な笑み。でもそれもすぐに逸らされて、田崎どこかへと立ち去って行った。
「生田君、ちょっといいか?」
「は、はい」
課長から声をかけられて慌てて我に返る。
俺には、失敗の許されない仕事が目の前にある。
集中しないと。
ざわめく心を整え、課長の席へと向かった。