臆病者で何が悪い!
「とりあえずこれで山は越えたな」
「先ほどは、不用意なミスをして申し訳ございませんでした」
局長室での説明を無事に終え、課に戻るところだ。
満足げな表情を浮かべた課長に、改めて詫びを入れた。
「今度からは気を付けてくれよ。私は、生田君の能力は認めているつもりだ。だから、こんんなことでつまづいてはほしくないからね」
課長は頭を下げる俺にそう口にした。
「そうだよ。君は若手の中でも評判だ。冷静だし仕事に感情を挟まない。いつでも高いクオリティーを保つ仕事を出来る人間はそうはいない。課長の期待を裏切らないようにな」
一緒に局長への説明に同行した課長補佐も同調する。
俺はもう一度頭を下げた。
俺はどうやら、そんなご立派な人間じゃないらしい。
社会人として一番やってはいけないミスをした。
自分の私生活上の感情で、仕事に影響を及ぼすなんて。
別に出世をしたいとは思わない。
でも、自分の責任を果たせない社会人にはなりたくなかった。
こんなにも自分に失望するのは、生まれて初めてかもしれない。
ここ最近、自分には失望させられてばかりで。
余裕もないし、脆くもなる。
課長と課長補佐の後に続いて課室に入る。
「無事に局長決裁下りそうです」
待っていた係員にそう告げると、皆が安堵したように表情を緩めた。
「よかったっすね―。これで、今日あたりは早く帰れるかな。この一か月我ながら頑張った」
部下であり先輩である鶴井さんが心底嬉しそうに声をあげた。
「お疲れ様でした。本当に」
係長として係員に礼を言う。残業が続いていたのも休日出勤をしていたのも俺だけじゃない。
係員全員だ。
「係長、今日は打ち上げってことで、ぱあっと行きませんか?」
「でも、今日くらい早く帰りたいんんじゃないですか?」
鶴井さんの言葉に思わずそう返す。
「早く職場を出たいんであって、別に家に早く帰りたいわけじゃないっすよ」
俺は苦笑する。
本当にタフだな。
まあ、俺も、今日は真っ暗な部屋に帰りたい気分じゃない。
身体は疲れていても、心の中はささくれだって。
どうしようもないほどに落ちて行く。
酒でも飲んで、いろんなことを忘れたい。
「じゃあ、行きますか」
「そうこなくっちゃ」
係員たちが盛り上がる。
「係長の昇任と初仕事の達成祝い? それと俺らの慰労会といろいろ兼ねて。な」
鶴井さんが俺の肩を叩く。
定時を過ぎに、係員たちと課室を出る時、田崎と目があった。
お望みどおりに仕事にまで影響を及ぼした俺を、腹の中で笑っているのだろう。
そう思ったら、わざわざそんな表情も見たくなくてすぐに顔を逸らした。