臆病者で何が悪い!
若手の係員、田中が探した店に言われるがままに入った。
そこは同期の飲み会でよく使う居酒屋『運』の近くにある。
「ではまず乾杯と行きますか。係長、乾杯の音頭お願いしますっ!」
飲む前から何故かテンションの高い鶴井さんが俺の顔を見る。
仕方なくジョッキを掲げて係員を見渡した。
「新年早々から一か月、休みもろくにない状況で、そのうえ不慣れな係長の下で本当によくやってくださいました。ありがとうございます。では、今日は思う存分飲んでください。乾杯」
「かんぱーい」
係員2名と俺と、3人でジョッキを鳴らす。
「やっぱり仕事の後はビールは美味いですね。生田係長」
「今は敬語とかいいですから」
「そうか? じゃあ、普通に」
そう言うと鶴井さんはあっという間に以前の喋り方になった。
仕事の時はともかく飲み会の場でまで敬語を使う必要もないだろ。
「ほんとにおまえ、お疲れさまだったな。いくら超人生田とは言え、これだけ根詰めてればミスの一つくらいするだろってんだよな。結局説明に入る時には間に合わせてんだし」
「ああ、今日の……」
どうやら俺を慰めてくれているらしい。
つい先月までは俺の先輩で、それが今月からは俺の部下になって。
それでもこうして俺に気を回してくれる鶴井さんが、今は素直にありがたかった。
「いや、今日のは俺が完全にたるんでたんで。仕事中に余計なことを考えていたのが悪いんです」
そう口にしてしまって、すぐさまジョッキのビールを飲み干した。
「え? 生田係長でもそんなことあるんですか?」
俺の向かいに座る田中が突然身を乗り出して来た。
「あ、ああ。これまではあんまりそういうことはなかったんだけどな……」
ホント。
「え? まさか、女、とか? プライベートいろいろありまくりとか?」
鶴井さんが何故か楽し気に突っ込んで来る。
「おまえとこうして飲み来るような機会もあんまりなかったし。プライベート全然知らねーんだよな」
鶴井さんが妙に乗り気になって、身体ごと俺に向けて来た。
「別に、そんなに楽しい話はないですけど」
「それで、『あーそーですか』ってことになるわけないだろ? なあ、新人」
「はいっ。生田さんのプライベート全然想像できなくて。興味ありありです」
なんでだよ。
男二人が何故だか目をギラギラさせながら俺を見て来る。
思わず身体を引いてしまった。
「俺の同期の女たち、みんな生田さんのこと知ってるんですよ。『生田さんって、カッコいいよね』って。密かにファンだって人、多いんですよ? 知ってます?」
「知らねーよ、そんなもん」
心底興味ない。
「マジ、カッコイイっす。男なのに、女子からもてはやされてもなんとも思わない。それが本物のいい男っすよね」
「その煩悩のなさが、腹立つけどな」
鶴井さんがいつの間に頼んでいたのか、日本酒を俺に勝手に注いでくる。
「いつも同じ顔してさ。むかつくけど、かっけーよな!」
「鶴井さんまで何言ってんですか。キモチ悪いですよ」
俺はそう言うと、大きく溜息をついた。
注がれた日本酒を一口で飲むと、ついぽろっと零してしまった。
「鶴井さんたちが思ってるほど、俺はカッコよくもなければ煩悩がないわけでもないですよ。実際の俺はダメ男だ。俺も、最近知りましたけど」
「なんだよ。おまえがそんなこと言うの、珍しいな」
やばいーー。
つい、余計なことを口にしてしまった。
俺も相当に弱ってんな。
「生田さん、彼女いるんすか!」
「なんでそこに飛ぶんだよ」
「だって、煩悩がないわけじゃないって……。生田さんが選ぶ女性ってどんな人なのか非常に興味あるんですけど」
田中が、より身体を乗り出してくる。