臆病者で何が悪い!
「俺も、興味あるんですけどー」
鶴井さんまでもが気持ち悪い声を出して俺に近付いて来る。
「そんなこと、別に、いいでしょう」
「隠すなって。そう言えば派遣の宮前さん、おまえのこと好きっぽいよな」
鶴井さんが余計なことを口にした。
そばにあった徳利を手にして、自分の空になっていたお猪口になみなみと注ぐ。
「宮前さん、綺麗ですよね。さすが生田さんですね……って、まさか彼女って宮前さんですか?」
「違うよ。勝手に決めんな」
そっちじゃなくて。
あんたたちも知ってる女だよ。
なんて、本当のことなんて言えるかってーの。
「どちらにしてもきっといい女なんでしょうねぇ」
「そうだろうな」
二人が勝手納得し合っている。
日本酒を煽る。
喉にひりつくように染み渡って行った。
熱燗の熱が身体を温める。
「俺にとって、最高にいい女ですよ」
こうなりゃ自棄だ。
本心をぶちまける。やはり俺は、心にないことは言えない人間らしい。
「うわっ。生田、そんなこと言っちゃうんだ」
驚いたように、鶴井さんがビールを飲む手を止めた。
「自分の付き合っている女ですよ? 自分が選んだ女なんだ。イイ女だと思ってるに決まってるじゃないですか。鶴井さんたちは違うんですか?」
「いや、まあ、そうだけどさぁ」
謙遜なんかしたくない。
沙都は最高にイイ女だって叫びたいくらいだ。
すべてを忘れたくて飲んでいても、結局考えることはあいつのことばっかりだ。
「おまえ、その彼女のこと大事にしてんだな」
鶴井さんがひとり言のように呟いた。
「自分ではそうしているつもりですが、実際はどうなんでしょうね……」
――本当に彼女を想うのなら、身を引いてやれば?
今度は田崎の言葉が浮かぶ。
「そんな風にはっきりといい女だって言えるんだ。実際もちゃんと大事にしてるんだよ。それだけ大事に想っているなら、遠距離になっても大丈夫そうだな」
「遠距離……?」
その単語に、鶴井さんの顔を見る。
「え? だって、おまえ、転勤は免れられないだろ? そんなこと、百も承知じゃないのか?」
「そうですね……」
そうだったな。最近、あまりに余裕がなくて。当然この先転勤があることも分かっていたけれど、それを現実のこととして考えていなかった。
「まあ、遠恋なんてしないで結婚するってのもありか」
「そうですよー。そんなに大事な彼女ならもう結婚して手元に置いておいた方がいいです。転勤先に連れて行った方がいいですって」
急に熱弁をふるい出した田中を、俺はどこか遠くを見つめるように見ていた。
沙都を連れて行く――。
そんなこと、出来るのか?
あいつにだってこの仕事がある。
それに――。
「やけに実感こもってるじゃねーか。おまえ、遠恋の経験あんの?」
「それは聞かないでください。俺の心の傷なんですよ」
鶴井さんと田中のやり取りが耳には届いているけれど、俺の心は別のところに飛んでいた。
こんな自信の持てない状況で、転勤にでもなったら俺は一体どうする――?
考え始めたら……。きっと答えなんて出せない。
今はまだ考えないでいたい。
飲んでも飲んでも俺は酔えなかった。
沙都の気持ちを測れる機械でもあれば。
でも、もし本当にそんな機械があったとして。俺はその機械を使う勇気があるのか?