臆病者で何が悪い!
昼休みの時間になってすぐ、私のスマホが振動した。
(お昼、時間もらえる? 沙都と話がしたい)
それは希からのメールだった。日曜日の午前中に私のマンションから帰って行ってから、希とは話していない。希は、田崎さんとちゃんと話すと言っていたのに、その田崎さんが私の家に来てしまったのだ。その後、二人がどうしたのかは私には分からなかった。思わず、深呼吸をする。自分が緊張しているのが分かる。
(分かった。これから一階ロビーに向かいます)
そう素早く返信をして部屋を出た。
昼休み、多くの職員がせわしなく行き交うロビーで、ただ一人、希が立っている場所だけが時間が止まっているようだった。広いロビーの片隅、ガラス張りの壁にもたれて立つ希は、今にも消えてしまいそうに儚げだ。それは、声を掛けるのも躊躇われるほどーー。それでも足を踏み込み、希の側へと駆け寄った。
「――沙都」
私が声をかけるより前に、希の方が声を上げた。俯いていた顔が私の方を向く。正面から見つめたその表情は、一段と痛々しく感じた。
「ありがとう、沙都。とりあえずいつものお店に行こうか」
「うん」
無理に作った笑顔がさらに哀しみを際立たせて。私は胸が詰まって、言葉を上手く発せられない。どうでもいいような会話も途切れ途切れになる。そんな空気も限界だというところで、いつも二人で来るレストランに着いた。そして、席に着くなり、希が言い放った。
「私、田崎さんと別れた。はっきりと振られたの」
「……え」
その言葉に驚きながらも、どこかそうであってほしくなかったという気持ちも混ざって。私は、ただ希の表情を見つめることしか出来なかった。
「覚悟はしていたつもりなのに、結構つらいもんだね」
そんな風に笑わないでよ。無理に笑わなくたっていいのに。でも、笑ってでもいないと崩れ落ちてしまう。その希の気持ちが分かるから、余計に胸が痛い。痛くて、たまらない。痛いばっかりで、気の利いた言葉の一つも出て来やしない役立たずだ。
「……って、ごめん。沙都、コメントしづらいよね」
「希――」
「沙都、田崎さんから何か言われたんでしょ?」
一体、何と言えばいい――?
「それも、答えづらいよね――」
「希!」
表情を歪ませながら笑おうとする希を見ていられなくて、その声を遮った。
「無理に笑わなくていい。確かに、私、一体希に何を言えばいいのか分からない。何をどう考えても、どれも適当な言葉じゃない気がして。でも、これだけは言わせて」
真っ直ぐに希の顔を見た。
「田崎さんは、私と生田が付き合ってること、知っていたの。それで、生田から聞いたんだけど、田崎さんは生田のことが嫌いなんだって」
「それが、何か……?」
希が訝し気に私を見つめる。
「多分だけど、田崎さんは生田に嫌がらせがしたいだけなんじゃないかって思うんだ。私の勝手な考えではあるんだけど、でも、そうとしか考えられない」
必死だった。何かを伝えなければと。ちゃんと、真実を伝えないとって……。でも、それはまた、希を傷付ける言葉にもなるんだと気付いた。
「……どちらにしても、田崎さんって、そんな人だったんだね」
「あ……」
これでは、田崎さんを貶めることになる。それはつまり、希が心を許していた人が酷い人だったと言っていることになる。田崎さんと希が過ごした時間を、汚してしまうことになる――。