臆病者で何が悪い!
でも、その前に、これまで私にはまったく縁のなかったイベントがある。
そう、バレンタインデー。
あまりに自分には似合わないイベントで、いっそのことスルーしてしまおうかとも思った。
でも、準備したらしたで「生田も喜んでくれるんじゃないか」などと、いつの間にか普通の女子の思考回路になっている自分に驚いた。
私、いつからそんな風に考えるようになった?
卑屈な考えがなりを潜めて、こんな風に思えるなんて。
それもこれも、きっと生田のおかげなんだよね。
だからこそ、恥ずかしさを振り切って、思いっきり”女子”してやろうじゃないか。
と、開き直ることにした。
今年のバレンタインデーは平日だ。その週末はお姉さんが来るからバレンタインなんてイベントをやっている場合じゃない。
ここは、サプライズだ。
バレンタインデーの日、生田のマンションで待っていよう。
手作りのチョコレートと、もう一つ――。
ここで恥ずかしがっては余計に恥ずかしいことになる。
私は女優。そうだ、女優だと思えばいい。違う人格になるんだ!
そして、あの生田を驚かせてやる。
一人、イヒヒと悪だくむ。
手作りチョコレート。それは、ちゃんと準備した。
本を見ながらではあるけれど、それなりに上手くできたと思う。
そして、当然表からは見えない服の下に着ているものに意識を向ける。
鏡を前に、顔を赤くして。
職場の女子トイレで、他に誰もいないからって怪しすぎるだろう。
鏡に映る私は、いたっていつも通り。
モノトーンでまとめたお仕事服。
黒のタートルネックのセーターに、チャコールグレーのパンツスーツ。
色味が暗い。華やかさはない。これが、いつもの私の服装だ。
だけど。この下に着ているのは、この日のために用意したもの。
こんなの買ったこともなければ着たこともない。
非常に恥ずかしかったけれど、ここはぐっとこらえて勇気を出した。
全部、生田を驚かせるためです。
今日はいつもの内野沙都じゃない。
そう自分に暗示をかける。
ちゃんとした女の”内野沙都”になってみせるんだから。
鏡に顔を近付ける。
なんとなくいつもより、メイクが濃くなってる?!
無意識のうちにメイクまで気合が入ってしまったんだ。
まあ、それならそれでいい。
たまには、私が生田を喜ばせるんだ。
待ってろ、生田眞。
自分の席に戻り、相変わらず仕事に忙殺されている生田をちらりと見る。
眉一つ動かさず、どことなく冷たさを感じる目は書類に向けられていて。
それにしても、職場での顔と二人でいる時の顔、違い過ぎるでしょ。
また、余計なことを思い出して顔が熱くなる。
私も、仕事だ。
この後迎える夜のことを思うと、心拍数が激しくなるけれど必死に平常心を装った。
ただもくもくと。
隣に座る人にも意識を向ける暇もないほど、仕事に没頭した。