臆病者で何が悪い!
「沙都?」
玄関から部屋へと生田が姿を現した。
「今日、来てくれたんだな……って、バスローブ、風呂入ってたの?」
鞄を床に置き、コートを脱いだ生田が微笑みかけてくれている。
「い、いく――」
もう、ここまで来たら当初の予定通り決行する。
「ま、眞!」
「な、なんだよ」
あまりに悲壮感に満ちた表情をしていたのか、
生田が驚いたように私を見ている。
「……どうかしたのか?」
そりゃあ、変だとも思うだろう。
首元第一ボタンが外されたシャツに、緩んだネクタイ。
細身のスーツ姿。それだけで、私はこんなにも胸が高鳴るわけで。
恥ずかしさで死にそうだけれど、勇気を出して、生田の前へと一歩近づいた。
「――今日は、バレンタインデーで……」
「え? あ、ああ、そうか。そうだったな」
二人して向き合って立つ。
「それで、今日、来てくれたのか……?」
こくんと頷く。
「チョ、チョコレートと、わ、私を……持ってきましたっ!」
ああ、何を言っているんだ私は――!
沈黙が部屋に漂う。
ドン引いているのか?
反応に困ってる――?
無理! 生田の表情を確認する勇気はない。
もう隠れたい。死ぬ。恥ずかしさで死んでしまう。
この無言の空気がぐさぐさと胸を刺しまくる。
「な、なんちゃって――」
どうにもならなくて冗談にしてしまおうとしたら、勢いよく腕を引っ張られた。
「本当におまえは……」
「え?」
囁くような声は、よく聞き取れない。
「おまえがこんなことして来るなんて、想像すらしたことない。驚かせようとか、思ったの?」
「うん……」
腕の中でじっとする。
「そんな可愛いことして、どうなるか分かってる?」
「へっ?」
ぎゅっと私を抱きしめる腕に力が込められる。
「もう、俺の好きにするよ?」
耳元で囁かれた声に、超ド級のドキンが身体を貫く。
「せっかく沙都から誘ってくれてんだもんな。遠慮なくーー」
ひ――!
「す、好きにって……」
一体、何をする気で――?
私としては、生田が驚いてくれれば十分で。
その後は、いたって普通で構わないんですが。
(生田の普通は私にとっては、十分難易度が高いのだから!)
顎に添えられた生田の指が私の顔を上げる。
その視線の先にあったのは、もう熱っぽい切れ長の目。
「チョコレート持って来たんだろ?」
「は、い……っ」
もう片方の手のひらが私の背中をさすり、唇は私の耳元へと移動して。
こっちは既に息も絶え絶えで。
「まずは、それをおまえの手で食べさせ てもらう」
「じ、自分で」
「やだ」
やだ――。
「そのあとは、チョコレートで汚れた手を、風呂に一緒に入って洗ってやる」
下着で驚かそうとか、もうそういう次元じゃなくなっている。
エロ大魔王生田にかかれば、私なんてただの迷える子羊だ。
「――って、おい……」
いつの間にか肩を滑り落ちていたバスローブが足元にあった。
「その下着、なに……?」
覗き込むように見られて、思いっきり顔を逸らす。
「――そんな姿で、俺をどうするつもりだったんだ?」
ホントに、私はどうするつもりだったんだろう。
自分でもよく分からない。
下着姿の私とスーツ姿の生田。
これ、客観的に見れば、かなり――。
「……多分、今日は俺、ぶっ壊れるから。覚悟しろ」
捨て身の私は、生田の腕にからめとられて、後は熱に浮かされるままに意識をどこかへと放り投げた。
次の日も仕事なのに――。
生田は全然手加減なんかしてくれなくて、それどころかいつもよりもずっと激しく濃密な夜を過ごしてしまったのだ。