臆病者で何が悪い!
生田の言う通り、生田のマンションに行っていたせいもあり、会いたくて寂しくたまらないと苦しむようなこともなく金曜日を迎えることが出来た。
会えなくても、その人の住んでいる場所にいられるっていうのは、気持ち的に結構大きいものなのかもしれない。だから、みんな、『結婚』というものをしたくなるんだろうか……。
明日には生田が部屋に帰って来る。だから、少しでも綺麗にしておきたかった。そのために、今日の夜も生田の部屋にそのまま行くことにしている。
「――内野さん」
仕事を終え、足早に庁舎を出たところだった。地下鉄の駅へと向かう歩道を歩いていると、突然声を掛けられた。
「田崎さん……、どうしたんですか?」
先に帰ったはずなのに。一体、何――?
自然と顔が強張る。
「ちょっと、話したくて待っていた」
「私には、仕事のこと以外で話すことは特にありませんので――」
そう言って通り過ぎようとしたのに、不意にその身体が近付き声を潜めて来た。
「ここで押し問答を続けてもいいんだけど、誰がいつ通るか分からないよ? それでもいい?」
その声に、周囲を見渡す。ここは、多くの職員が行き交う歩道だ。知り合いに、それも、希がいつ通るか分からない。
「……分かってくれたみたいだね。そんなに時間を取らせないから」
私が何も答えられないでいると、田崎さんが満足げな笑みを湛えた。
「生田のことだけど、当然もう内野さんは知ってるよね? 恋人なんだし」
「……え?」
生田のことって、なんのこと――?
職場から少し離れた路地に来ると、田崎さんが私の表情を探るように見つめて来た。
大通りから一つ路地を入れば、途端に静かになる。遠くで聞こえる車の音と、薄暗い街灯のあかり。
「あいつ、ニューヨークに赴任するんだってね。寂しくなるね」
そこに、田崎さんの声だけがはっきりと響く。
え――?
「恋人だもんね。もちろん、生田から聞いていたよね。もしかしたらと思ったけど、やっぱり余計なことだったかな」
ニューヨーク……。知らない。そんな話、まったく聞いていない。
「どうしたの? そんな顔して」
何故だか、勝誇ったような表情をした田崎さんが私を見下ろしている。
いつ? そんな話、いつ出たの――?
頭の中を様々な疑問で埋め尽くして、上手く頭が働かない。ただ、心臓だけがバクバクとしている。
「もしかして、何も聞いてないの……?」
上手く取り繕って、笑って返したいのに。悔しいけれど、咄嗟に言葉さえ出て来ない。ただ、唇をかみしめるだけで。
「そんな大切なこと、一番大事な人に何も言わないでいるなんて、生田も人が悪いな」
「生田は――」
田崎さんの言葉に心を取り乱されそうになって、慌てて声を上げた。この人の言葉なんかで感情をかき乱す必要なんてない。そんなの、絶対に嫌だ。
「今、出張中ですから。ちゃんと、聞くべきことは本人の口から聞きます」
はっきりとそう告げて、田崎さんを真っ直ぐに見上げた。
その時、ブレスレットが手首で揺れた。