臆病者で何が悪い!
「何してるんだよ!」
「生田……?」
田崎さんの掠れた声が宙を漂う。私の身体を解放した腕から逃れると、目の前に怒りに震えた生田の姿があった。間接照明のきいたぬくもりのあるカフェの空間の中で、その姿はあまりに異質なもので。靄がかかったような視界の中でも、その目が苦しそうに歪められているが分かった。
次の瞬間、身体が浮いた。
「来い。こっちに来いっ!」
荒々しく腕を奪われて、引きずり出されるように席を立たされる。
「生田、やめろ! 内野さんは今、体調が――」
「うるさい。あんたには関係ない!」
カフェの空間を切り裂くような生田の叫びは、完全に我を忘れていたんだと思う。引きちぎられそうなほどの腕の痛みは、その痛みの分だけ生田の感情そのものだったのかもしれない。こんな風にならなければ気付けないなんて。私って本当にバカだな。生田と過ごした時間があったのに。その表情が、嘘なわけ、ないのに――。
力任せに腕を引っ張られて、前を歩く生田の背中を見つめる。頭の痛みも、身体中を覆っていた悪寒も、全部忘れてしまうほどに、胸が痛かった。
「一体、おまえは何してんだよ! 今のはなんだ。説明しろ!」
引っ張り出された先は、ビルとビルの間の人けのない場所だった。ビルの壁に押さえつけられて、我を忘れて怒りに身を任せた姿がそこにあった。そんな顔を見るのは、二度目だろうか……。いや、あの時よりも何倍も苦しげだ。
「俺を避けて、田崎にあんな風に抱きしめられて、なんのつもりだ。ほら。答えろよ。答えろっ!俺がどれだけ、……っ」
それはもう、叫びだった。私はただ身体だけが震えて、言葉を発することもできない。
「……答えられないなら、俺が説明してやろうか」
私の肩を力の限りで掴んで来る。その手も震えているようで。濁流のように押し寄せて来る恐ろしいほどの後悔と苦しさで、唇をかみしめた。
「俺がニューヨークに赴任になること、田崎に聞いたんだろ。それだけじゃない。郵便受けにあったはがきも見たんだな」
私は思わず固く目を閉じる。気付かれていた――。
「それで、俺がおまえを捨てるとでも思ったか!」
その声は、怒りに満ちた怒鳴り声なのにとても哀しげなもので。私は思わずその目を見上げてしまった。その目は、怒りと悔しさと、それを覆うような涙の膜が張っていた。
「それでおまえは、田崎に泣きついたのか? 俺にではなく、よりにもよって田崎に……」
生田が拳を壁に叩きつける。
「クソっ」
叩きつけた拳をだらりと下げ、そのまま壁に項垂れた身体を預けていた。
「俺は、おまえがこれまで男に傷付けられて来たことを知ってるから。田崎に先に聞かされて、その上あんなはがきを見たんじゃ、おまえが勘違いをしてすべてを悪い方向に考えてしまうのも理解できるよ。おまえは自分に自信がないからな。おまえはおまえで辛かったんだろう……。でも――」
生田が顔を上げて、私を見つめた。その目は、あまりに苦しげに歪んでいて、私は呼吸を忘れた。