臆病者で何が悪い!
でも、結婚をまるで考えていない沙都に、突然将来のことを考えてくれと言うのはやっぱり怖いわけで――。
って、おい。これ、また振り出しにもどってるじゃねーか。
思わず頭を振る。
すると、他の乗客と目があってしまった。
誤魔化すように腕組みをして俯く。
一体どうすりゃいんだよ……。
こんな人生において重要極まりない事柄を、時間もほとんどない中で考えなければならないなんて。
ああっ!
だめだ。こんなこといろいろ考えたところで意味なんかない。
堂々巡りの思考に嫌気がさし、俺は開き直った。
俺の気持ちは決まってるんだ。それを真っ直ぐに沙都に伝えればいい。
この先もずっと、沙都と一緒にいたい。その気持ちだけは確かなんだ。
生涯を共にしたいのは沙都だけなんだから。
時期が早まろうが、沙都の答えが不安だろうが、それを真正面から伝えよう。
そう思ったら、こんがらがった糸がふっと解かれて行くような気がした。
次の日の土曜日、夕方から恩師の最終講義があるため、その前に街に出かけた。
転勤の事実を伝えるのと同時に沙都に渡したい物――指輪を買うためだ。
ニューヨークに付いて来てほしいと思うのが俺の一番の本音ではあるけれど、急に仕事を辞めろということは俺には出来ない。それこそ人生において重大な決断になる。
それに、沙都はこの先も仕事を続けて行きたいと思っているかもしれない。
その辺のこともちゃんと話し合わなければならないし。
一緒にニューヨークに行くにしても、二年間離れて暮らすとしても、どちらにしても俺の結論は変わらないんだ。
沙都と結婚したい。
だから、ニューヨークに行く前にきちんとその意思を告げようと思った。
俺の想いの形として、ちゃんとした婚約指輪を贈りたい。
結婚の意思と共に転勤のことと、その先の二人のことを話し合いたい。
やっとそう決めることが出来た。
「仕上がりは、ちょうど一週間後になります」
「一週間後に取りに来ます」
出張から帰る日に間に合ってよかった――。
ほっと胸をなでおろす。
ジュエリーショップでダイヤモンドの指輪を選んだ。
ただ選ぶだけで、かなり頭を悩ませた。
そして、何故だか緊張した。
結局選んだのはシンプルな一粒ダイヤのリング。
沙都に似合うだろうと、直感で思った。
給料の三か月分。
どこかで誰かが言っていた気がするけれど、まさか本当に自分がそんなことをする日が来るなんて。
つい笑みがこぼれる。
そして、その次には急激に恐怖心が襲って来た。
こんなものを見て、あいつが引いたらどうする――?
『結婚なんてしたいとも思わないし』
何かにつけてその台詞が耳に響いては俺を苦しめる。
まあ、その時はその時だ。
人事に関しては、公になるまで内密にしなければならないもの。それは人事課からもきつく念押しされた。だからこそ、人事係の人間以外に広まることもない。
俺が沙都に伝えない限り知り得ないことだ。
出張から帰った日に、沙都にだけは転勤の事実を伝えプロポーズする。
俺は腹を括った。まるで切腹覚悟の武士の気分だ。