臆病者で何が悪い!
その週末、マンションに帰って来たのは朝方4時だった。
人事異動の内示が正式に公表されるまでは誰にも言えないから、陰でこそこそと引継ぎ資料やら業務の整理をしなければならない。
だから、やることには困らなかった。
この週はまともに寝ていないというのに、部屋のベッドに転がってもまったく眠気がやって来ない。
土日で部屋の片づけをしないと――。
ぼんやりとした頭でそう呟く。
ここのところ、常に靄がかかっているような感じだった。
自分の身体であって自分でないような。
空を歩いているような心許なさだ。
いっこうに瞼が落ちないことに諦めて、俺はベッドから這い出た。
どうせ部屋の荷物をまとめなければならないんだ。
取り寄せておいた段ボールに荷物を投げ込んで行く。
もともと大した物のない部屋だから、そんなに手間もかからないだろう――。
そう思った矢先に、俺の物ではないものが目に入る。
俺の部屋にある沙都の物、どうするか……。
勝手に捨てるわけにもいかない。
そう思いながら手に取る。
それは、沙都の愛読書だった。
俺の部屋で一人待っていた時に、暇つぶしに読んでいたのだろうか。
その光景がすぐに目に浮かんで、胸が締め付けられる。
『冷徹上司は私だけの王子様』
何度見てもふざけたタイトルだと思う。
それでも、その本を沙都が何度も読み返しているのを実は知っている。
あいつは、そのことを隠しているつもりだったみたいだけど。
沙都が寝ている間に、俺も全部読んでいた。
目を背けたくなるような甘ったるい台詞やシーンが何度も出て来るけれど、これが沙都の夢見る恋愛なんだと思うとよりあいつのことが可愛くなって。
バカにしながらも結局最後まで読んでしまった。
この榊課長に負けないくらいに俺だって愛していたつもりなんだけど――。
また胸の奥が鈍く痛んで、その本を閉じる。
出発前に、沙都のものはまとめて返さないと。
鈍く痛み続ける胸をそのままに立ち上がった。