臆病者で何が悪い!



そうして、やっと4月付の人事異動の内示が発表された。

「生田さん、異動しちゃうんですか! 俺、寂しいっす」

何を思ったのか、係員の田中が一番に俺にすり寄って来た。

「寂しいって、気持ち悪いな。おまえはおまえで、これからもしっかりやれ」

仕方なくその肩をポンポンと叩く。

「ニューヨークなんて栄転だな。頑張れよ」

先輩の鶴井さんがそう言ってくれた。
俺は頷く。

「――生田さんはさすがですね。同期の中でも一番の出世頭ってことですよね。私、やっぱり――」

「すみません、これから課長に挨拶するので」

何を言いたいのか、宮前さんが俺にすがりつく田中を押しのけて異様に身体を近付けて来る。
それをやんわりとかわし、俺は課長の元へと向かった。

課長をはじめ課の幹部たちに簡単に挨拶を済ませる。
これで周知の事実となったから、いろいろと仕事もやりやすくなった。
自分の席に戻りパソコンを開くと、大量にメールが送られてきていた。

その中の一通が、同期の桐島からのものだった。


件名:生田の壮行会開催について


早速かよ……。

こういうことに関しては、本当に動きが早い。
そのメールは、俺の送別会をするから都合のいい日を教えろというものだった。

(これから三月末まで、おまえにはたくさんの誘いが来るだろうからな。俺ら同期が先に日程を押さえさせてもらう)

そう書かれていた。

そしてそのメールの文末に、幹事名が記されていた。


幹事;桐島、内野


内野――。沙都も、幹事をやるのか――?


思わず沙都の姿を目で探してしまった。
ずっと見ないようにしていたのに、見ずにはいられなかった。

沙都が幹事をやるのなんて、同期内では決まりきったことではあった。
でも、今回ばかりは、沙都は断るのではないかと思っていたのに。

俺は、少し混乱する。

一体、どんな気持ちで――?


自分の席に座っている沙都の背中を見つめる。

どうせまた、断れなかったんだろうな……。

バカがつくほどお人好しで律義な奴だから。
自分の感情より、断ることによる相手の事情を考えたのだろう。

それと、多分、俺のことも――。

すぐ近くに沙都がいるという状況も、あと残りわずか。

俺は、自分がそれで大丈夫なのか、分かっていない気がする。
今はまだ何の実感も持てていないだけなのかもしれない――。

「生田さん」

背中なのをいいことにぼんやりと沙都を見つめていると、頭上から宮前さんの声がした。

「はい」

慌てて視線を宮前さんに移す。

「うちの課の歓送迎会ですが3月20日になりましたので、よろしくお願いします」

「わざわざ、ありがとうございます」

そのことなら、さっき課内全員にメールが送られて来ていたと思うけど。

「それで、これから生田さん、飲み会のお誘い多いですよね?」

「ええ、まあ……」

同じようなことを誰かにも言われた気がする。

「それで、ぜひうちの課の若手の職員の皆さんだけで飲み会したいな、と思って……」

そんなような誘いも以前に受けた気がする。

「すみません。赴任前でもう開けられる日がなくて。お気持ちだけで」

有無を言わさずに断る。
若手って、それ、田崎も含まれるんだろう。こういう場合、敢えて田崎なら乗って来る可能性がある。今さらあの男と顔を突き合わせて飲む気はしない。

沙都と田崎で二人でいたところから無理やり沙都を連れ出したあの日から、田崎とは一切言葉を交わしていない。

次の日にでも何か言って来るかと身構えていたけれど、田崎は俺の顔すら見ようとしなかった。
もう、俺には興味ないのかもしれない。

沙都のことは――。

考えても仕方がない。俺は、作成途中の引継ぎ資料に手を戻した。
< 330 / 412 >

この作品をシェア

pagetop