臆病者で何が悪い!
3月20日――。
課の歓送迎会が行われた。
この4月で去る者来る者、それぞれの立場の人間がいる。
俺は結局、この課には一年しかいなかったことになる。
でも、その一年は、長かったような気もするしあっという間だったような気もする。
「生田君、4月からは、仕事もしつつ仕事以外のことも経験してくるといい。こっちに戻って来たらまた激務が始まるからな」
この一年世話になった課長補佐が酒を注ぎに来てくれた。
「せっかくの機会ですから、そうさせていただきます」
一礼して、酌を受ける。
「来週、一度ニューヨークに行くんだろう?」
「はい。赴任先への挨拶と住まいを決めに」
翌週に三日ほどの日程でニューヨークに行くことになっている。
その短期間で生活基盤を整えて来なければならないので、弾丸の日程だ。
「そうかそうか。それより君、いい人はいないのか? 本当なら赴任先には良い伴侶と共に行けるといいんだがな」
酒の席ということもあるのかもしれない。補佐がそんな冗談を言うのは珍しいことだ。
「残念ながら……」
「君みたいな色男が、一体何をやってるんだ? できる男はどんなに仕事が忙しくてもその辺は上手く探しているものだぞ?」
仕方なく笑って誤魔化す。でも、補佐は何故かそれでは誤魔化されてくれなかった。
「おいおい、私は冗談で言っているんじゃないんだ。海外ではいろんな会合は夫婦同伴が当たり前だ。社会的に妻帯者の方が信頼されるというのもある。だから、なおさら相手がいた方がいいんだがな……」
どうやら補佐は、はなから冗談を言うつもりはなかったらしい。その表情は真剣そのものだった。
「不甲斐なくて、申し訳ございません」
どうとも答えることが出来なくて、とりあえず謝っておく。
こっちだって、連れて行けるものなら連れて行きたかったさ。
一人、心の中で悪態をつく。もう、自棄になって注がれた日本酒を一気に飲み干した。
「――どうしたんだ? 今日は、内野、元気ないじゃないかー」
遠くの席の方で、誰かの甲高い声がする。
その方に目を向けると、すでに酒が回っているように見える男性職員が沙都に絡んでいた。
「いえ、そんなことないですよー。ほら、こんなにお酒も進んでますし」
「いつもは飲むだけじゃなくて面白いこともしてるじゃないか」
遠目にその様子を見ながら、思わずため息をついてしまった。
「それにしても、内野さんは面白い人だよね」
同じように補佐もその姿を見ていたようで、そんなことを言い出した。
「さりげない気配りができる子だよね。相手に必要以上に気を使わせないというか、先回りして自分を黒子にできるというか。今時、我が我がの時代で、珍しいタイプだと思う」
「……そうですね」
それは、そういう奴だからだ。いろんな葛藤の末、そう生きて来たんだ。
「そう言えば、生田君、同期じゃなかったか? ああいう子が同期に一人いると助かるよね。場の雰囲気を和ませてくれるというか。女性には気を使わないとって構えるけど、彼女の場合、そんなことを考えなくてすむようにしてくれそうだ」
そう言って、補佐が笑った。
そうやって周囲の人間が楽して笑える分、沙都は陰で人の何倍も頑張ってるんだ。
それさえ他人に気付かれないようにして。
そんなあいつを、俺だけでも気づいてやれれば――なんて思っていた。
俺の他にも、この先そういう男が出て来るのかな。
あいつの本当の魅力に気付ける男がーー。
そんなことを思うと、また痛みと苦味を感じた。
すぐに浮かんできそうになる人物を振り払う。