臆病者で何が悪い!
「とまあ、僕は言いたいことは全部言えてすっきりしたし。そろそろ解放してやるよ」
ニヤリとして俺にそう言うと、スツールから田崎が立ち上がった。
「マスター、お会計お願いします」
「俺の分は俺が――」
「いいよ。おまえへの餞別だ。一応僕が先輩なんだから素直に奢られておけ」
俺に一切手出しさせずに、嫌味なほどにスマートに会計を済ませていた。
店内を出て、元来た狭い階段を田崎の後に続いて上って行く。
「――アンタの言う通りだったよ」
すべての階段を上り終えたところで、俺はその背中に言い放っていた。
田崎がこちらに振り向いた。
「俺は、何も分かっていないただ生意気なだけの男だった」
大して飲んでいないはずなのに、俺はそんなことを口にしていた。
それでも酔っているからなのか、それとも言葉にしていることが俺の今の気持ちだからなのか。
「アンタは俺のことを何でも持っている人間だとか言っていたけど、そんなことないんだ。人の気持ちだって何一つ分からない空っぽな人間だ」
俺もやっぱり田崎のことは大嫌いだけど、この男にはこの男の思いもあったんだろう。気付かない間に田崎を傷付けたこともあるのかもしれない。
俺はこれまで、何も考えず、人の痛みも知らずに、ただ生きて来た。
「今ままで、そんなことに気付くことすらなかった。でも、アンタのおかげでそんな自分を知ることが出来た。そういう意味では感謝してるよ」
そんな俺だったから、きっと沙都とのことも守り切ることが出来なかったんだろう。
「別に、感謝なんかされたくないけどね。おまえに礼なんて言われても気持ち悪いだけだ」
ふん、と鼻で笑うように田崎が吐き捨てた。
「僕は、負け犬には興味も関心も湧かないから、この先はどうぞお元気で」
「誰が負け犬だ」
「おまえだよ。内野さんのこと、このまま終わるんなら立派な負け犬じゃないか」
負け犬か――。
「じゃあな」
本当に、言いたいことだけ言って帰って行きやがって……。
空を仰ぎ見る。
見上げた先には星一つ見えなかった。
星でも月でも、何か光を見たかったのに。
俺を慰めるようなものはどこにも見当たらないらしい。
それもそうだな。
光は他所《よそ》で見つけて見上げるようなものじゃない。
自分で掴むものでなければ意味がない。
何も見えない真っ暗な闇を、俺はただ見上げていた。
行き場のないダイヤモンドの輝きが、真っ暗な空に浮かんでは消えた。
消えてしまったのに、そこから視線を逸らせない。
どうしても逸らせない。
光の消えた暗い空に、ただあいつの顔が浮かぶ。