臆病者で何が悪い!

同期全員に、生田の壮行会を兼ねた同期飲み会のお知らせメールを送った。そして出欠の返信を取りまとめる。結局、一人を除いた同期職員が参加することになった。あんなに愛想がないのにこの出席率の高さ。

生田と同じ課になったばかりの頃の同期の飲み会で、『顔がいい人は得だ』なんて心の中で思っていたんだっけ。あの時は、まさかこんなことになるなんて微塵も想像しなかった。希が言っていた言葉も思い出す。桐島がかれんを狙っていると、希と二人で話題にしていた時だ。

『同期同士って微妙だよね。だって、同期じゃなくなることはできないんだし。そのままうまくいけばいいけど、別れるときつそう』

その言葉を、自分とは全然関係ない世界のこととして聞いていた。人生何がどうなるのか分からないってことなのか。こうして生田と離れてみると、二人で過ごした時間すべてが幻だったのではないかと思えて来る。

あの生田が、私なんかに、あんなにも愛情を注いでくれていた――。それこそが奇跡だ。奇跡過ぎてもはや信じられない。それでも、その奇跡は、消えた今も私の胸に大きく沁みついて、忘れさせてくれない。きっと私は、この先死ぬまで、その奇跡の残骸を抱えて生きていくんだ。

週末に部屋の片づけをしていた時、どうしても触れることができなかった生田の私物を見つめた。
もう、時間がない。生田に返さなければならない。生田からは『返してくれ』というようなことは一切言われていない。
そして、私物よりもっと大事なもの。それは、渡されていた合鍵だ。あのマンションは引き払うことになるはずで、鍵は絶対に返さなくてはならない。ということはつまり、生田と一対一で会う必要がある――。しなくてはならないことなのに、怖くて仕方がない。
 
生田と向き合うのが怖い。懸命に押し止めて蓋をして、毎日をやり過ごしている。手のひらにある鍵をぎゅっと握り締める。怖くて。すべてを実感して、その後に襲って来るであろう大きな喪失感が怖いのだ。

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