臆病者で何が悪い!
「――内野」
呆然と立ち尽くしていると、静かになった周囲から自分を呼ぶ声がした。ネクタイが少し緩んだ姿の生田があった。
「――今日は、ありがとな」
「う、ううん」
さっきあんな挨拶をしたばかりで、どんな顔をして生田と顔を合わせたらいいのか分からない。でも――。こんな風に話せるのも、きっと、これが最後。
「本当はもっと早くに渡すつもりだったんだけど、結局最後の最後まで引っ張っちまって……」
そう言って、生田が大きめの紙袋を差し出して来た。
「俺の部屋にあったおまえの物。ここに全部まとめてある。遅くなってごめん」
私は息が止まる。私も、今日が最後だと準備してあったからだ。最後の最後まで渡せなかったのは私も同じだ。
「――わ、私も、持って来た」
「え……?」
生田の声が春を感じさせる夜風に溶ける。
「こっちこそ、ごめんね。荷造り終わっちゃってるよね。ずっと渡せなくて……。生田の物」
お互いに差し出した紙袋を交換する。
「そ、それと、これ……」
私にはもう一つ、返さなければならない大事なものがあった。
「ああ、鍵か」
生田の開いた手のひらに、ぽとりと置く。私の宝物だった。生田の想いがつまっているような気がして、これをもらった時、本当に嬉しかった。
「うん……」
向かいあっていても、もう、何も言葉が出て来ない。最後なのに、もっと、他に言うべきことがあるんじゃないか。ちゃんと、別れの言葉を――。そう思って俯く。
「おまえさ、次の日に疲れを残すような飲み方すんの、もうやめろよな」
「えっ?」
生田の軽くなったような声に、思わず顔を上げた。
「ほんと、騒ぎ過ぎだし飲み過ぎだ」
「い、いいの。心地いい疲れだから」
こんなような会話、いつの日かもした。そう、あの頃はまだ、ただの同期だった。
「そうは見えないけど」
そう言って生田が笑う。
――同期。ただの同期、なんだよね。
「確かにね。もう歳だし、気を付ける」
ふっと、会話が途切れた。
苦しい。この無言の空気が、私を訳も分からず追い立てるから。私を押し出そうと身体の内側から叩きつけるように、心臓の鼓動が荒れ狂う。自分が、本当はどうしたいのか――。
「じゃあ、気を付けて。身体、大事にね。じゃあ――」
その答えを突き詰めたくなくて、生田からも、その答えからも逃げるように立ち去る。
「おまえもな。おまえも、元気で」
その声を背後で聞く。
「うん」
同期みたいな会話と、同期みたいな生田の表情が、私の涙腺を刺激するから。その場から逃げなくてはならなかった。