臆病者で何が悪い!
結局、私は最後の最後まで逃げ続けた、臆病者だ。感情を殺すことなら、私の一番得意とするところ。何度も何度もそうやって来たから慣れている。哀しみに深く向き合わない術を長い時間をかけて身に着けて来たから、今度もきっと大丈夫。
傷付かないために、そうやって、ずっと――。
それなのに。すべてが私を責めたてる。
明け方近く、部屋が少しずつ暗闇から薄暗さへと変わる頃、私はトイレに駆け込んだ。今頃になって、酔いが回ってくるなんて。トイレで吐いている、惨めな自分に笑えて来る。すべてを忘れたくて浴びるように飲んでも、何も忘れられないし、気も紛れなくて。喉に異物が逆流してくるたびに目に涙がにじむ。それが生理現象なのか、感情からなのか、分からなくなる。もう胃から何も出すものがなくなっても、流れ続けるその雫は、多分生理現象なんかじゃないんだろう。でも、私にはもう戻る場所なんてないんだ。
疲れ切って、それでいて眠気のやって来ない空っぽの身体をただベッドに横たえていた。窓の外はきっと快晴なんだろう。カーテンのせいで薄暗くはなっているけれど、隙間から見える光はやけに眩しい。何も考えたくない。朝が来ることも。何も感じたくないーー。
「チャラチャラチャラチャラ~」
場違いな着信音が部屋に鳴り響く。一体何時なのか、それもよく分からない。
おもむろにスマホを手にすると、そこには『生田のお姉さん』と表示されていた。
メールじゃなくて、電話――。
一瞬出るのに躊躇う。でも、お姉さんともちゃんとお話をしなくちゃいけないと思う。これまで、仲良くしてもらったしお世話にもなった。重い腕を上げてそのスマホを耳に当てた。
「もしもし――」
(沙都さん? 助けてほしいの。今すぐ来てほしい!)
「――え? 一体何があったんですか?」
力なんて少しも残っていない身体だったはずなのに、ベッドから跳ね起きた。
(説明している余裕なくて。今、銀座の第一ホテルに泊まってるの。今すぐ来てほしい! 310号室だから、じゃあ!)
「えっ、ちょっと、お姉さん――」
ぷつっと切れてしまった。一体何があったんだろう。東京に来ているなら、頼れる人は生田か私――。もしかしたら、生田はお姉さんからの電話に気付いていないのかもしれない。今日は出発の日で忙しくしているだろうし……。私は、コートだけを羽織って部屋を飛び出した。