臆病者で何が悪い!
――内野沙都を送る会
7月31日 居酒屋『運』にて 19:00~
我らが同期、内野沙都を盛大に送り出すべく、送迎会を執り行います。
これまで共に仲間として頑張って来た内野を囲んで、とにかく盛り上がろう。
幹事:桐島、遠山、飯塚――
あ……、希も幹事やってくれるんだ。
送られて来たメールを読んで、一人にやけてしまう。それにしても、何だか不思議な気分だ。自分が幹事をやらない同期の飲み会って、初めてな気がする。
本当に、この職場ともお別れなんだ――。引継ぎ資料の作成も目途がたって、一息ついた時だった。桐島から同期全員に送られて来たメールを前に、物思いにふける。
「――内野さん、辞めるとは思わなかった」
気付けば課内には私たち二人しかいなかった。私はここ数日、最後の仕事の処理やら整理やらで帰りは遅い。相変わらず隣の席にいる田崎さんがぽつりと言った。
「内野さんは、びっくりするぐらい自分に自信がない人だよね」
「えっ? え、ええ、まあ……」
突然なんだ。生田が去ってから、田崎さんが宣言した言葉とは裏腹に、私に個人的に近付いてくるようなことはなかった。田崎さんにとっての真の目的、生田がいなくなったから、もう私には用がないのだと思っていた。だから、少し油断していたのか。思わず身構える。
「そして、物凄く一途な人だ」
「田崎さん……」
その目が私に微笑みかける。
「せっかく生田がいなくなったのに、どうして僕が君になにもしなかったか分かる?」
「えっ?」
私の心の声でも聴かれたのかと、声を上げてしまった。
「それはね、内野さんからの信頼を取り戻すため。あの状況で押せば、君はより俺を軽蔑するだろうと思ったから。でも、どのみち僕には勝ち目はなかったんだな」
「……どうしてですか? 田崎さんは、生田のことが嫌いだったからでしょう? なのに、どうしてそんなことを言うんですか」
田崎さんは、少し傷付いたように笑った。
「まあ、そう思われても仕方ないし、確かに初めの目的は生田を追い詰めることだったからね。僕も、結構バカな男だと、最近気づいたよ」
「はぁ……」
一人言い聞かせるように話す田崎さんに、答える言葉が見つからない。
「生田のところに行くんだろ?」
「はい」
「そうか」
こうして見ればその姿は以前と何も変わらない。爽やかな王子様のような外見だ。それなのに、私の目に映る田崎さんは、もうただの田崎さんでしかない。
「この悔しさは、自業自得だから。俺の中だけで消化するよ」
何が悔しいのかは分からないが、ぜひそうしてもらいたい。
「田崎さんが生田を嫌うのは自由ですが、希を傷付けたことだけは許せません。その事実だけは、忘れないでいてください」
強く、田崎さんを見つめる。
「……そうだね。せめて、忘れずにいるよ」
私は、視線を田崎さんからパソコンへと移す。それ以上、田崎さんから何も言葉はなかった。
「お世話になりました」
この気持ちだけは事実だ。生田が現れる前は、辛い仕事も、女としてたまに味わう惨めさも、いつもフラットに接してくれた田崎さんがいたから頑張れたし癒されていた。
長い間、お世話になりました。心の中で、もう一度そう呟いた。