臆病者で何が悪い!

退職のための準備に、留学のための準備、そんなことに走り回っていたらあっというまに退職の日を迎えていた。いざ去るのだと思うと、やはり寂しかった。約六年。毎日通った場所だ。残業ばかりでしんどい生活だった。それでも、懸命に働いて収入を得て、そして自分で生活をしてきた6年だ。充実していたのだと思う。たくさんの人に見送られて、改めて、いかに自分がいろんな人に支えられて働いていたのかを知った。つい涙がうるむ。

もう、ここに通うことはないのだ――。

いろんなことが走馬灯のように蘇って、しみじみとした気持ちで居酒屋『運』へと向かうと、そんな私のしんみりとした気持ちなんて吹っ飛ばすように大騒ぎの同期たちが待っていた。

「内野、来たか! 今日は、おまえがいちおう主役だからな。でも、逆に落ち着かないかもな。幹事やってない飲み会なんて、おまえにしたら居心地悪いんじゃないの?」

相変わらずの桐島のすこしイラっとする発言。

「うるさいわね。私だってね。たまには好待遇されたいわよっ!」

結局こんなやり取りだ。それでも、これがいつもの同期の飲み会だ。特別に扱われるより楽だ。いつも通りの方がしんみりしなくていい。そう思えた。

「おお、こわっ。そんなにたくさんの花束抱えていても、内野は相変わらずのガサツさだな。そんなんじゃニューヨークに行っても女扱いされねーぞー」

遠山までもが加わって来る。やっぱり、楽だと言ったのは撤回する。桐島と遠山のデリカシーないコンビに、カチンときた。

「いい加減に少しは丁寧に扱いなさいよ――」

「ちょっとー! 今日くらいは、沙都を主役扱いしなくちゃ可哀想だよ。女の子扱いしてあげて」

すかさずかれんのフォローが入る。そして、そのフォローは相変わらず微妙だ。

でも、こんな同期のいつもの光景も最後なんだ――。そう思えたらすべてが許せてしまった、その時だった。

「悪い、遅くなった」

は……っ?

座敷の入り口を、その長身をかがめて入って来る姿に、私は言葉を失う。

なんで――?

「生田、来たか!」

桐島、知ってたの――?

今度は桐島の顔を咄嗟に見る。私は生田が飲み会に来るなんて聞いてない。確かに、今日帰国するとは聞いていたけど、合流するなんて言ってない!

「生田君だっ! どうしたの? いつ戻ってたの?」

「なんだよ、帰って来てたのか」

生田の登場に周囲が騒ぎ出す。ということは、幹事の桐島だけが知っていて、他の同期も知らなかったということだ。

「そうそう、俺も驚いてさ。昨日、突然『俺も行くから』って生田から連絡あって」

桐島がそう皆に説明している。その隙にも、何を思ったのか、生田は私の隣に座っていたかれんに「ごめん。席あけてくれる?」と言って当たり前のように私の隣に腰掛けだした。

ちょっと、何なんですか――?
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