臆病者で何が悪い!




「それにしても、こんなにすぐに結婚のお願いに行く挨拶になるなんて……」

二人で私の実家に向かう電車の中で、ついぽつりと零してしまった。

「普通、それくらい想像つくだろ?」

「生田がそこまで考えてくれているとは思わなかった」

電車のドアに預けていた身体を起こし、生田を見上げる。

「当たり前だ。それより、この格好でおかしくないか? 印象悪くないかな」

生田がネクタイの結び目をさらに上にあげながら、私を見た。

「全然おかしくないよ」

むしろ久しぶりに見る生田のスーツ姿にときめいている――なんてことは内緒にする。濃紺のスーツに、白いシャツ。そして、同じように濃紺のネクタイに水色のラインが爽やかだ。

「おまえが言うんだから、大丈夫だな」

今日の生田は、どこか落ち着きがない。腕を組んだり、ポケットに手を突っ込んだり。

「珍しいね。生田が人からどう見られるかを気にするなんて」

ふふっと笑うと、真顔で生田が私を見る。

「沙都の両親だぞ? これから家族になる人たちだ。最初が肝心だと思うと、緊張するだろ」

「大丈夫だよ。そんなに心配しなくても」

だって。私が付き合っている人を紹介したいからと両親に告げたら、ただそれだけで大喜びしていた。

嫁に貰ってくれる人がいるのか―!

なんて言って。あの調子じゃあ、誰が来ても大歓迎だろう。そんなところに、こんなハイスペックな男が現れたら――。その状況は想像に難くない。

「人のことだと思いやがって……って、やっぱり、人を好きになると臆病になるものだな」

そう言って、生田がふっと笑う。

「そうだね。でも、それを乗り越えさせてくれるのも、人を好きになること、なのかな」

絶対に失いたくないものを前にしたら、臆病なままではいけないのだ。
それを教えられた。生田の真っ直ぐな視線とぶつかる。その目が優しく和らいだ。

「臆病者だったくせに、偉そうだな」

「臆病者で悪かったわね。だけど――そんな私を変えてくれて、ありがと」

ここは素直にありがとうと伝えることにした。そうしたら、そんな私の言葉が予想外だったみたいで、言葉に詰まったみたいだ。でも、すぐに私だけに見せてくれる最上級に甘い笑顔をくれた。

「ほら、行くぞ」

向かいあって立っていた生田が手を差し出す。その手のひらを握り返して、駅のホームに降りた。

もう、この手を離さないよ――。


【完】
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