臆病者で何が悪い!
「沙都ちゃん? お正月以来からしら――って、あらぁ……」
早速かい!
昔からよく知っている近所のおばちゃんに早々に出くわす。
最初は親しげに私に声を掛けて来たのに、すぐに隣の男に視線が移る。
そして、そのおばちゃんの目が途端に乙女のものに変わった。
「もしかして、沙都ちゃんの――」
「おばちゃん、ご無沙汰してます。これから帰るところなんです。こちらは同僚で――」
まだ、両親に許しを得ているわけでもないから旦那さまでもなければ婚約者でもない。恋人だというのもなんとなく恥ずかしくて、とりあえず同僚だとお茶を濁しておこうと思ったら、生田が一歩私の前に歩み出て来た。
「こんにちは。沙都さんと結婚の約束をしている生田と申します。これから沙都さんのお宅に挨拶に伺わせていただくところで」
お、お……。
完璧に爽やかな、見たこともないスマイル。
おばちゃんはノックダウンだ。
「あらそうなの? お母さんきっと喜ぶわね。素敵な人見つけて良かったねぇ」
「え、ええ、まあ、はい――」
私の方があたふたしているじゃないか。
おばちゃんは笑顔を返すと、私たちの前から立ち去った。
あれは、すぐに里子に言うな――。
おばちゃんは、小中と同級生だった立花里子のお母さんだ。
「ねえ、生田さん。あんなこと言っちゃって、もしうちの親が許してくれなかったらどうするのよ」
「あ? 聞こえねーなぁ」
さっきまでのスマイルはどこへ行ったのか、生田は知らん顔をした。
「あ……、はいはい、眞さん、あんなこと言ってしまって良かったんですか?」
私が名前を呼び直すと、今度は満面の笑みで私を見てくれた。
「おまえが言ったんだろう? 『眞なら絶対大丈夫だ』って。それに、俺が全力尽くすんだ。おまえのためにすることを失敗なんてするか」
「は、はい……」
なんとも頼もしい恋人で。
私は、素直について行こう。
そう思った。
「それより。まったく……まだまだ練習が足りなかったな」
「練習?」
「付き合い始めの頃やった、”生田眞を他人に紹介する練習”だよ。おまえ、今、『同僚』だって紹介しようとしたよな?」
生田が腰に手を当てて、私に顔を近付けて来る。
「そ、それは……、咄嗟のことで。とりあえず無難に」
「もう、無難に誤魔化す必要なんかないだろ」
そう言えば、初めてのデートで、そんなことをしたな。
あの安い大衆居酒屋で何時間も二人で笑い合ったっけ。
「そうだね。うん」
ようやく私たちは、家の前にたどり着いた。