臆病者で何が悪い!


突っ伏した顔の下には、語学学校の英語のテキストが開かれていた。
手には、まだペンが握りしめられている。

起こさないようにそのペンを指から抜いた。


俺といるために、慣れた場所を捨ててここに来てくれたんだよな――。


改めてそう思うと、また心がじんとして、思わずその髪を撫でる。

昼間は過ごしやすくても、夕方を過ぎれば一気に気温が下がる。
ソファにかけてあったひざ掛けを肩に掛けた。

ジャケットを脱いでクローゼットにしまうと、キッチンへと向かう。

そこには支度の終わった料理がフライパンと鍋に入っていた。


ミネストローネとサーモンだろうか。


もう一度温め直し、皿に盛り付ける。

そして、ダイニングテーブルに並べた。

そしてもう一度沙都を見る。


夕飯はまだみたいだし、起こした方がいいよな――。


沙都の傍に腰を下ろす。


「沙都。起きろ。夕飯、食べよう」


肩を少し揺らすと、眉をしかめて動き出した。


「沙都――」

「ま、こと……。あれ、私――」


目を何度か瞬かせて俺を眠そうな顔で見上げて来た。


「寝てたな。起こしてごめん。でも、夕飯食べないと」

「あ……。眞が帰って来るまで、宿題でもして待ってようと思ってて、それでいつの間にか寝ちゃってたんだ。ごめん、夕飯の支度――」


むくっと身体を起き上がらせ、すぐに立ち上がろうとした沙都の腕を支える。


「作ってくれてあったから、テーブルに並べたよ。食べようか」

「ありがとう……。ごめん。疲れて帰って来てるのに」

「疲れてるのは、おまえだろ?」


沙都は、放っておくと、すぐに頑張り過ぎるから。
ちゃんと見ていないとダメなのだ。


「私は、毎日遊んでいるようなものだし……」


ぶつぶつ言う沙都をそっと抱きしめる。


「バカ。毎日学校通って、家のことして、ここでの生活に慣れようと頑張ってるだろ? あんまり頑張り過ぎるな。俺が心配になる」


背中と頭に手のひらを添わせる。


「……うん」


沙都の細い指が俺の背に回された。
腕の中で大きく息を吐いたのが分かる。


「俺にはもっと甘えていいから」

「ん……」

「だって、俺は、おまえの夫、なんだから」


夫――。


なんて素晴らしい響きだ。

俺は、なんだかんだと理由をつけて、八月に入籍をするように仕向けたのだ。

そう。俺たちは正真正銘夫婦だ!

< 384 / 412 >

この作品をシェア

pagetop