臆病者で何が悪い!
突っ伏した顔の下には、語学学校の英語のテキストが開かれていた。
手には、まだペンが握りしめられている。
起こさないようにそのペンを指から抜いた。
俺といるために、慣れた場所を捨ててここに来てくれたんだよな――。
改めてそう思うと、また心がじんとして、思わずその髪を撫でる。
昼間は過ごしやすくても、夕方を過ぎれば一気に気温が下がる。
ソファにかけてあったひざ掛けを肩に掛けた。
ジャケットを脱いでクローゼットにしまうと、キッチンへと向かう。
そこには支度の終わった料理がフライパンと鍋に入っていた。
ミネストローネとサーモンだろうか。
もう一度温め直し、皿に盛り付ける。
そして、ダイニングテーブルに並べた。
そしてもう一度沙都を見る。
夕飯はまだみたいだし、起こした方がいいよな――。
沙都の傍に腰を下ろす。
「沙都。起きろ。夕飯、食べよう」
肩を少し揺らすと、眉をしかめて動き出した。
「沙都――」
「ま、こと……。あれ、私――」
目を何度か瞬かせて俺を眠そうな顔で見上げて来た。
「寝てたな。起こしてごめん。でも、夕飯食べないと」
「あ……。眞が帰って来るまで、宿題でもして待ってようと思ってて、それでいつの間にか寝ちゃってたんだ。ごめん、夕飯の支度――」
むくっと身体を起き上がらせ、すぐに立ち上がろうとした沙都の腕を支える。
「作ってくれてあったから、テーブルに並べたよ。食べようか」
「ありがとう……。ごめん。疲れて帰って来てるのに」
「疲れてるのは、おまえだろ?」
沙都は、放っておくと、すぐに頑張り過ぎるから。
ちゃんと見ていないとダメなのだ。
「私は、毎日遊んでいるようなものだし……」
ぶつぶつ言う沙都をそっと抱きしめる。
「バカ。毎日学校通って、家のことして、ここでの生活に慣れようと頑張ってるだろ? あんまり頑張り過ぎるな。俺が心配になる」
背中と頭に手のひらを添わせる。
「……うん」
沙都の細い指が俺の背に回された。
腕の中で大きく息を吐いたのが分かる。
「俺にはもっと甘えていいから」
「ん……」
「だって、俺は、おまえの夫、なんだから」
夫――。
なんて素晴らしい響きだ。
俺は、なんだかんだと理由をつけて、八月に入籍をするように仕向けたのだ。
そう。俺たちは正真正銘夫婦だ!