臆病者で何が悪い!





”いらっしゃーい。待っていたよ”


専用エレベーターで最上階までやって来ると、玄関と思われるドアは一つしか見当たらなかった。

ドアから出て来たのは、スティーブと女性。おそらく、奥さんだろう。


”今日は、お招きありがとうございます”


すぐに英語が出て来ない沙都の代わりに、俺がとりあえずの挨拶をする。
そして、沙都が何かを懸命に考える顔をしていたかと思ったら、出て来た単語は”Hello”だった。


これは、もっと勉強させないと――。


俺はこっそり、そんなことを思った。


招き入れられた室内は、俺たちのアパートとは比べ物にならないほどの豪華さだった。
だいたい想像はしていたけれど、実際の部屋を目の当たりにすると、恥ずかしいくらいに呆然とする。

最上階だからか、天井はツーフロア分くらいあるんじゃないかというほどの高さで、部屋の角はガラス張りになっていた。
マンハッタンの街並みが、これでもかというほどに見渡せた。


”サトー! 待ってたよ”


リビングルームには、既に一人先客がいた。
この前、語学学校で会った女性だった。

日本人と中国人の片言の英語のやり取りは、なんとも可愛らしい。


少し経てば、全員が揃い、パーティーが始まった。

ここは、やっぱり沙都が挨拶をするらしい。


”スティーブ先生、今日はお招きくださってありがとうございます。まだここでの生活が慣れない私たちにとって、こんなにありがたい申し出はありません。今日は、日頃の緊張をほぐし楽しく過ごせたらと思っています”


手元のメモを見ながら、必死に喋っている。

これか。昨日、ずっとぶつぶつ言いながら辞書とにらめっこして書いていたのは――。

挨拶が終わると、小走りで俺のところに駆け寄って来た。


「今の発音、どうだった? 何言ってるか分かったかな……」

「大丈夫だよ。さっきの玄関での挨拶とは大違いだ」


そう言って笑うと、沙都が一瞬笑顔になりかけた表情をしかめっ面にした。


「それ、嫌味――?」

”サト! ダンナサマ紹介してよ!”


沙都が俺を睨みつけていると、別の方からまたたどたどしい英語が聞こえて来た。



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