臆病者で何が悪い!





「……まだ、夕飯の準備中だったのに」


泡の中からふくれっ面を出す沙都。


「ちゃんと、火は切ってきただろ。この後、食べればいいから」

「ほんっとに、強引」


仕方ない。
ずっと、一年前のことを思い出しては想像してしまっていたんだから。

待っていても与えられないものは、自ら取りに行く。

俺は、沙都といることで、そんな思考を会得した。


そして、今、泡で敷き詰めたバスタブの中に二人いる。


「そんなに離れてないで、こっちに来いよ」

「知らないっ」


綺麗な鎖骨が見え隠れして、それにばかり意識が行く。
そして、耐えられなくなって、泡の下でその腰を引き寄せた。


「きゃっ」


沙都の身体を反転させて、俺の脚の間に座らせる。
沙都の背後から腕を回し、抱きしめた。


「悪かったって。怒るなよ」


沙都の耳たぶに唇を這わせながら囁く。


「奥さんに甘えたい、そんな年頃なの」

「なに……それっ」


沙都の声が、少しだけ甘くなる。

もう、それで十分。
バレンタインデーは、それで十分だ!


「いつまでも、男として見られていたいんだよ」


ぎゅっと沙都の背中を抱きしめながら息を吐いた。


「ばかだなぁ、眞は」

「俺はバカだって言ってるだろう?」

「そうじゃなくて。私、”チョコレートは”準備してないって言ったけど、バレンタインデーのサプライズは準備してあったのに……」

「えっ?」


俺は早まったのか?


「ホントに、バカ」


沙都が優しく俺にそう囁いた。

俺が目をぱちくりとさせていると、沙都が首をひねり俺を見上げる。


「――できたの」

「何が?」


沙都がくしゃっと笑う。


「あ、か、ちゃ、ん」


あ、か、ちゃ、ん……。


――!


「沙都っ!」


俺は、軽いパニックに襲われる。



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