臆病者で何が悪い!


鍵を開けドアを開くと、暗がりが目の前に広がった。
玄関に足を踏み入れた途端に、掴まれていた腕をぐいっと引っ張られて玄関先に座らされた。電気を点ける暇もなく、腕を掴まれたまま座り込んだ私の正面には生田の顔がある。訳が分からず生田の顔を見上げた。薄暗さに目が慣れて、はっきりと生田の顔を認識できる。

「送ってくれてありがと。ホントに私一人で帰れたのに、生田って結構心配性なんだね……」

とりあえずお礼をしてそう言った。生田がどこに住んでいるかは分からないけれど、私をタクシーに乗せて送って来るなんて、遠回りになったには違いない。一緒に飲んだだけでそんなことをさせてしまったことに、申し訳ないと思う。

「あんなに飲ませた俺にも責任はあるからな」

どうして、暗がりのままなんだろう。電気くらい点けたい。薄暗い部屋の中で向き合って話しているこの状況が不思議だ。

「あれくらい、どうってことないのに」

私なんかに心配性になる生田にも、この状況の不思議さにも可笑しくなって笑ってしまう。

「あんなにフラフラになってる女を、一人で帰らせられるか」

その声がいつになく優しげなものに聞こえて、生田の顔をまじまじと見てしまった。

「……ありがと」

酔っているからだろうか。それとも、あんな男に再会してしまった日だったからだろうか。その優しさが、身に沁みた。

「内野」

「ん?」

薄暗いから、聴覚が冴える。生田の息遣いも、その声も鮮明になる。生田の顔がさらに近付く。

「こんな夜中に、暗がりの中で男と二人になって、これだけ近づかれても、なんでそんな無警戒なの?」

「……え?」

生田の言葉に、心底不思議に思う。

「……なんなんだよ、その無防備な顔は」

生田がふっと息を吐くと、私の腕から手を離した。

「だって。生田が私に何かするわけないでしょう? そんなの、絶対あり得ないもん」

あまりに可笑しなことを言うから、笑ってしまった。

「ありえない? 俺は男で、おまえは女なんだぞ?」

何故か、生田が少し表情を歪ませたような気がした。

「生田が男なのは分かるけど、私だよ? 私を女だなんて思わないでしょ。それくらい私、わきまえてる」

「……女だろ」

その声が低くなる。低い声が、この私たち以外いない狭い空間を切り裂く。

「あんたは女だろ」

「どうしたの? 急に……」

訳がわからない。

何を怒ってるの――?

「――だから」

私の正面で身を屈めていた生田が、立ち上がった。

「もっとちゃんと、自分が女だってこと自覚しろってことだ」

そう言うと生田は玄関ドアのドアノブに手を掛けた。

「――それから」

一度立ち止まり、生田がもう一度私の方に振り向いた。座り込んだままの私をじっと見つめる。私は何も言わずに生田の顔を見上げた。

「……田崎さんはやめておけ」

え――? どうして……。

「な……、なに、それ」

更に訳がわからなくなって声にならない声を上げる。

「じゃあ、また明日」

でも、生田はドアの向こうへと消えてしまった。


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