臆病者で何が悪い!
デスクに積まれていた資料をチェックし終えたらちょうどお昼になっていた。午後からすぐに報告書の作成をしよう。そう思って生田の席へと行く。
「さっき貸したノート、そろそろ返してもらってもいい?」
「どうぞ」
「ありがと……って、これ」
こちらを見ずに生田が差し出して来たものを手にして、手が止まる。ノートの下に、バインダーも合わせて私に手渡された。そのバインダーを開くと、中には完成された報告書が挟んであった。
「内野も確認して。問題なければハンコ押して補佐にあげといて」
「私がやろうって思ってたのに、ごめん……」
生田だって溜まっている仕事があったはずだ。報告書を捲れば、それはもう文句のつけようがない完璧なものがそこにあった。
「あんた、どうせ二日酔いだろ? じゃあ、あと頼む」
そう言うと、生田は部屋を出て行ってしまった。何から何まで生田に迷惑かけっぱなしだ。報告書を作成しなくて済んだ分、午後は溜まっていた事務処理をすべて片づけることが出来た。
「お先に失礼します」
一段落ついて伸びをしていると、後ろで生田の声がした。
帰って行く生田の背中を見つめる。その背中が、少し疲れているように見えた。デスクの引き出しに入ったままの封筒に目をやる。
このまま生田に全部払わせたままにもしておけないし。
はぁっと溜息をついていた。
「内野さん、この前の話なんだけど」
そんな時、隣から少し声を落とした田崎さんの声がした。
「近々、夕飯行かない? 内野さんの都合のいい日を教えてくれる?」
「えっ?」
「言ったよね? いつも内野さん頑張ってるから労をねぎらいたいって」
「ええ……」
田崎さんが以前言ってくれたんだ。一緒に夕飯食べに行こうって。ちゃんと、覚えていてくれたなんて。そのことに嫌でも感動してしまう。
「ね?」
にっこりと、私に向けられる笑顔にこの顔はどうしたって頷いてしまうわけで。既に、心の底から楽しみにしてしまうのだ。
「はい。じゃあ、お願いします」
「うん」
田崎さんと二人で食事ーー。ただの同僚として行くだけ。先輩として後輩を食事に連れて行く。そんなのよくあること。そう。平常心だ。そんなことを、躍起になって呪文のように心の中で唱えまくっている時点で、既に平常心なんかじゃないのだ。