臆病者で何が悪い!
緊張と胸の高鳴りと心の奥底で感じている落ち着かなさで、どうにかなってしまいそうになりながらもなんとか定時を迎えた。こんなに落ち着かないのは、真後ろにいる生田のせいだ。
――と、人のせいにしてやり過ごしていた。
「僕の方はもういつでも出られるけど、内野さんはどう?」
少しだけ近づいた距離で、田崎さんが囁いた。だから、私もひそひそと声を落とす。
「は、はいっ。私ももう、いつでも大丈夫です」
この後のために、ずっと計画的に仕事をしてきたのだ。突発的な業務が入って来てしまったら。それだけが不安だった。でも、幸いなことにそんなものは起こらずに定時を迎えることが出来た。
「じゃあ、行こうか」
「はい。あ、でも……」
まだ定時を少し過ぎただけの時間。定時で帰る人は、この職場にはほとんどいない。そんな時間帯に、二人並んで出て行くのはどうなんだろう……。
「申し訳ありませんが一階ロビーで待っていてもらえませんか? すぐ行きますので」
人の目(特に生田の目)がどうしても気になって、そんな提案をしてしまっていた。
「ああ、いいよ。じゃあ、先に下行って待ってる」
「すみません」
ふーっと思わず息を吐く。一つ一つのやり取りに、いちいち緊張する。
「お先に失礼します」と周囲に告げて部屋を出て行った田崎さんの背中を見送り、また一つ息を吐いた。
とりあえず、トイレで化粧直しをしてから行こう。そう心を落ち着けてから、私も立ち上がる。その時視界に入った生田の席には誰もいなかった。
なんだ。いないんじゃん――。
そのことにホッとしている自分がいた。