臆病者で何が悪い!
田崎さんが案内してくれたお店は、職場から10分ほど歩いたところにある高層ビルの最上階にあった。全面ガラス張りの店内からは、東京タワーが間近に見える。横文字の店名が書かれた木のプレートが、たいそうお洒落だ。
こんな雰囲気のあるお店に連れて来てもらえるとは思わなかった。店内のすべてがキラキラと輝いて見える。おまけに、私の前を歩く田崎さんの背中は大人の男そのもので。いや、自分だって十分にいい年をした大人なのだけれど、この店に負けないくらいの田崎さんのキラキラさに、胸が勝手にときめくから困る。
「それにしても、急な仕事入らなくて良かった」
「はい、ホントに」
全くです。もし、今日、そんな仕事が入ったら、その仕事を依頼して来た人を一生恨んでしまったに違いない。
「何か、嫌いなものとかある? なければ適当にオーダーするけど」
案内された席は、窓際の席ではなく店内の真ん中にあるテーブル席だった。
「私は何でも食べられますので、田崎さんにお任せします」
「そう? じゃあ、適当に」
何をしてもスマート。私は借りて来た猫のように、ただ座って田崎さんを見ていた。
オトナなムード漂う店内は、間接照明で溢れていた。こんなに素敵な場所で、田崎さんと二人向かい合っている。もうそれだけで、私は十分に幸せだ。自分には似ても似つかないキラキラな空間の中で、私はただ浮かれ舞い上がってしまっていた。ちゃんと呪文を唱えることを、忘れてしまっていたのだ。
「じゃあ、乾杯しようか」
田崎さんが選んでくれた、甘くて飲みやすいというワインを掲げて、グラスを交わす。
「いつも、ご苦労さま」
「ありがとうございます」
私に微笑みかけてくれる。
本当に、優し気な目元だな……。整った顔立ちなのに、目元が優しげなので冷たさを感じない。そこが、田崎さんの魅力だと私は思っている。
「同じ係になった子が、内野さんで良かったって本当にいつも思ってる。仕事も真面目だし、いろんなことにキチンとしてるし、そして何より明るい。あたりの子だなって感謝してる」
「い、いえ、そんな」
褒め過ぎです、田崎さん。そんなことを言われたら、もっと頑張ってしまうじゃないですか。こんなお店で、いつもより少しおしゃれして、自然とワインを飲む手も丁寧な手つきになる。そっとグラスに指を添え、少しずついただく。決して一息に飲み干したりはしない。
「本当にこのワイン、美味しい……」
お上品に微笑んでみたりして。
「良かった、ワイン内野さんの口に合って。このお店はどう? 気に入った?」
田崎さんが私の表情をうかがうように問い掛ける。そんなの、あたりまえだ。
「もちろんです。本当に素敵で……。こういうお店が嫌いな女性っていないんじゃないですか?」
田崎さんが連れて来てくれるお店なら、どんな店だっていいのだけど。さすがにそんなことを言うわけにもいかない。それに、心の底から素敵なお店だと思っている。
「ほんとに? それなら、良かった」
その声が、本当にホッとしたように深いもので、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
正直なところ、運ばれて来る料理の味なんてほとんど分からなかった。それほどまでに、田崎さんのことで一杯だった。