臆病者で何が悪い!
「今日は、本当にありがとう。やっぱり、思い切って内野さんに話して良かったよ」
いつもの爽やかな微笑みを、田崎さんは私にくれる。
「いえ。これくらいのことなら、いつでも。こちらこそ、今日は御馳走していただいてありがとうございました」
だから、私もいつも田崎さんに向ける笑顔と同じもので応える。
ただ、それだけのこと――。
「では、私はここで失礼します」
頭を下げて、背を向けるまでは。背を向けて歩き出して、でも、数歩あるいたらもうダメだった。何かに耐えられなくなって、何かが込み上げて来て、気付けば走り出していた。
都会の真ん中は、ネオンに溢れて、夜だというのに光輝いている。どんな時間でも、たくさんの人が行き交っているというのに。
誰かのために着飾った惨めな女が、ただ一人逃げるように走っている。
田崎さんとこの日の約束をしてからの滑稽な自分が、イメージ映像のようにして何度も何度も再生される。いつもはあまり着ない服を着て。メイクに気を使い。職場で人の目を気にしたりして。
違う、違う。
こんなこと、どうってことない。別に、大きな衝撃でもない。
『僕から見たら、二人はなんとなく似ている気がするけど』
『いつも頑張っている内野さんの、労をねぎらいたいんだ』
そう言ってくれたのは、私のためじゃない。その後ろに希を見ていたのだ。そんなの全部理解出来る。田崎さんが悪いわけじゃない。むしろ、いつものお決まりのパターンだ。想像に難くない展開。ちゃんと分かっていたし、わきまえていたはずだ。
これは恋じゃない。恋なんかじゃない。
これまで積み重ねて来た経験が、私に何も期待させなくなって。誰かと向き合えるなんて、自分の身には起こりえないんだって。
ずっとそうやって自分に分からせて来たはずなのに――!
お昼休み、私のところによく来ていた希。そうして顔を合わせていれば、男の人なら誰だって希に目が行く。田崎さんが希を好きになるのもよくわかる。全部分かってる。何もかも理解している。
それなのに。どうして、私はこんなにも苦しいの――?
今さら、どうしてこんなにも傷付いているの――?
こんな風にもうボロボロにならないようにと、たくさんの努力をしてきたのに。期待なんて絶対しない。私のことなんて、誰も女として見ない。ちゃんと分かっていたのに、どうして今自分がこんなにも悲しいのか分からない。自分が自分に裏切られたようで、どこにもこの感情を追いやることが出来なかった。そんな自分に、何より失望していた。