臆病者で何が悪い!
就職して半年たった頃に、ここに引っ越して来た。それまでは東京郊外にある実家で暮らしていたのだけれど、あまりに毎日帰宅時間が遅くて通勤が辛くなったのだ。
片道1時間半も通勤に使うのがもったいなく思えたのもある。
それで、職場から地下鉄一本で通えるこの街で一人暮らしを始めた。東京23区の中埼玉寄りのこのエリアは、比較的家賃や物価が安い。まだまだ安月給の私でも暮らせるのだ。
駅を出て、交通量の減らない道路の歩道を生田と並んで歩く。気付けば、自然と私は内側を歩いていて。無意識なのか意識的なのか。隣を歩く生田を横目でうかがい、少し胸の奥が刺激された。
駅前にはコンビニがあるせいで、時間帯の割には明るい。それは、一人暮らしの身には安心なのだけれど、こうして隣に誰かいてくれるということが、こんなにも安心感を与えてくれるものなんだと実感したりした。
そう言えば。地下鉄に乗ってからここまで、生田はあまり言葉を発していないことに気付く。何を考えているんだろう。
もしかして、今頃我に返って困ってるとか――?
「生田、あのさ――っ」
もし、何かとち狂って間違いを犯したなら、遠慮なく言ってくれていいんだよ――。
そんな気持ちで言葉をかけようとした時、生田が立ち止まった。
「ここで良かったよな。あんたのマンション」
「え……? ああ、そう、ここ」
駅前の大通りから一本奥の道に入ったこの場所は、さっきの喧騒が嘘のように急に静かになる。
「えっと……」
ここで私は一体どうすべき――?
全然分からない。だって、さっきからいろいろ考えていたって、結局なんの答えも出ていないんだから。
電信柱についた街灯の下、生田が照らされている。私と向き合うように立つ生田が、私を真っ直ぐに見下ろした。
「明日の土曜日、どうせ暇だよな?」
「……どうせ、暇です、ケド」
困ったことに明日も明後日も、予定はない。
「いろいろ話すには今日はもう遅い。明日の朝電話するから、とりあえず明日一日空けとけよ」
「え……?」
「じゃあ、お休み」
「えっ?」
か、帰るの――?
私がさっき繰り広げていた心配は、全部無駄だったと知る。
「なんだよ」
「な、なんでもないです。全然、なんでもない!」
私は、慌てて手をぶんぶんと振り回す。生田は、本当に送るだけのつもりだった。そうだった。生田は、そういう男だったではないか。いつだって紳士的だった。
本当に、私ってバカだな。
明らかにおかしな反応をしている私を訝し気に見た後、生田が言った。
「今日俺が言ったこと、全部本気だし、勢いでも間違いでも血迷ったわけでもない。だから、忘れんなよ」
あなたは、エスパーですか――?
私の頭の中を覗かれているようで急に恥ずかしくなる。
「分かった?」
「う、うん……」
と、結局また頷いているわけで。
「じゃあ、おやすみ」
生田がもう一度言った「おやすみ」は、酷く甘く聞こえて心を落ち着かなくさせた。
自分の部屋に入った途端、身体から力が抜けて玄関に座り込んでしまった。自分で思っていた以上に心は張り詰めていたんだ。緊張もしたし、混乱もしたし、それにドキドキしていた。この心臓の鼓動がその証拠だ。座り込んだまま、動けなくなる。
この先、どうするの――?
混乱した頭のままでも身体は正直なようで、疲れ切った身体と心はあっという間に眠気を連れてきて。結局その夜はぐっすり眠ってしまった。